2010-09-28

10月のライブ

10月、二つのイベントに出演します。

詳細はこちらをどうぞ

10/9〜10/10 の『しあわせな泡』について。

阿佐ヶ谷に「ギャラリー白線」というお店があるのを知ったのは、去年、ここで山田勇男監督の「蒸発旅日記」上映があり、それを観に行ったのがきっかけであった。

そのとき、首藤幹夫さんの幻燈写真上映(首藤さんは「蒸発〜」の撮影現場でスチールを撮影していて、その時の素材を使った幻燈であった)も併せて催されたのだが、白線に常設されていた CD プレイヤーで幻燈用の音源がかかった瞬間、うわなにこの音、とかなり衝撃を覚えたのであった。

ものすごく、澄んで綺麗な音。倍音の豊かな再現性とか、半端じゃなく美しい。

訊けば、白線スタッフ(というか共同経営者?)の歸山くんの趣味がオーディオであると。
肝は、アンプとスピーカーであった。アンプは真空管モノ。スピーカーは、なんと自作。
なんでも、実益を兼ねて売り物用のスピーカーを現在製作中とか。

こういう環境で音楽を流してみたいなぁ。ぜひいつかここで何かやらせてください、みたいな話を、その時した。

で、いろいろ縁あってついに機会がやってきたのだ。

昨夜白線にてリハーサルがあり、本イベントのためにぼくが作った楽曲を、歸山くん製作のオリジナルスピーカーで鳴らしてみた。

これがもう、大変に美しい。あ、楽曲が美しいのは言わずもがなで(えへへ)、再生状態が、である。

繊細な音をいろいろ入れてみているのだが、想像していた以上に、素晴らしい音であった。

ライブにお越しいただいた際には、ぜひそれがどんな音なのかってあたりも体感してほしい。

とはいえ、歸山くんのインスタレーション、東山佳永さんのパフォーマンスがさらに輪をかけて美しいので、そっちにすべてを奪われちゃうのは全然アリということで。。



で、そんな白線との出会いのきっかけを作ってくださった首藤幹夫さんの幻燈写真上映会も 10/23〜10/24 にあります。

場所は、東京での幻燈写真上映ホームグラウンド、下北沢・LA CAMERA。

じつは、ここも音がとても素晴らしい。グレードの高い民生機があるんです。

こちらの詳細については、目下色々と調整中。

東京造形大学での影絵(幻燈)プロジェクトを経過してきたあとの幻想写真上映になるので、何かが多少なりとも、変異しているであろうと思われる。

今年は、ほんとに幻燈業界に関われて良かった。

暗闇の中、浮かび上がる幻に現を抜かしましょう。

終演後には、持ち込みの簡単な打ち上げを同会場でやる予定なので、こちらもぜひどうぞ。

今回は自分も何かツマミ的なのを作って持って行こうかな。

2010-09-27

早稲田で泯さん / 下北沢で 8mm

金曜日。

早稲田大学・大隈講堂で、『国際ペン東京大会2010』のプログラムの一つとして、莫言(Mo Yan)作:「牛」朗読、というのを観てきた。

講談師、神田松鯉の語り口は、まるでラジオドラマを聴いているよう。人物の描き分けが流石に上手いのだが、ぼくにはちょっと味が濃い。濃厚なとんこつラーメンみたい。

その後ろで、ステージ背面に大きく映し出された、人形と画を合成した紙芝居風の映像が、かなり細かく切り替わる。これも相当に、濃い。

この二つが場を占拠していて、ぼくはアレルギーを起こした。

大体半分くらいまで観たかな、というところで席を立とうとした矢先。

泯さんが豹変した。

いつのまにか着ていた衣装がなくなり、ほぼ、全裸(もしかしたらほんとに全裸)になっていた。

思わず目を見張り、浮きかけた尻がまた席に着陸する。

その瞬間から、急に舞台上のすべての要素が一つの塊になったのだった。

話は、牛の病禍が絶頂を迎えようとしていたとき。

泯さんは、この日は「牛」の気配を踊りで表現していた。

むー、と唸ってしまった。

そこから、残り半分のストーリー(全編で約1時間半の作品)が一気に展開される。

終わって、司会者によるカーテンコールの中、田中泯さんにひときわ大きな拍手。

もちろん、僕も盛大に拍手を送った。

終わりよければ全てよし。



土曜日。

下北沢 la camera で山崎幹夫・山田勇男両監督の、8mm作品上映を観に行く。

この日の時間割は以下。

15:30~
Bプロ
山崎幹夫『散る、アウト。』1984年/8ミリフィルム/22分
山田勇男・山崎幹夫『往復V』2006年/8ミリフィルム/50分
山崎幹夫『1979/2010』2010年/HDV/10分

17:30~
Cプロ
山崎幹夫『グータリプトラ』1999年/8ミリフィルム/55分
山田勇男『冬の旅』2010年/8ミリフィルム/38分

19:30~
Aプロ
山田勇男『鏡の鏡』2008年/8ミリフィルム/19分(音楽付け替え版)
宮田靖子『月日譚』2010年/8ミリフィルム/17分(東京初公開)
山田勇男『夏の早朝と十二月の夕方』2010年/8ミリフィルム/45分(初公開)


15:30から、全て観た。

いきなり『散る、アウト。』で衝撃。あまりにも格好良い。
劇中で使われていた、バンドによる音楽が素晴らしかったので、あとで山崎監督に訊いたらまだ学生だった勝井祐二さんが在席していたバンドによるものだったそうな。

『往復V』。山崎、山田両監督による、映像を使った即興演奏のようにもみえた。
互いの掛け合いが、単なるコール&レスポンスなのではなく、何か新しい別のものを知らずに作ろうとするかのような、なんだかとても羨ましい会話にみえた。

『1979/2010』。ああ、映像ってこういうことなんだよなぁ、ってことを思い出した。どういうこと、って言われても一言で説明できないけれど、『記録であり作品である / 時間の経過は質感の経過でもある / 脳で考えたアイデアをある程度そのまま他人に見せることができる=脳鏡 / 8mm とデジタルムービーとでは、同じ監督が同じ作品を撮ったとしても、意味や意義がまったく違う作品になってしまう』とかなんとか。

『グータリプトラ』。早回しで映し出される、三重露光の雲や太陽。猫。こたつ。日本酒のラベル。ピンサロのネームカード。庭。庭のミッキーとミニー。雑草。夜。ネオン。イメージたちが、洪水、というような乱暴な表現ではなく、むしろ反対にとても優しいタッチで一つ一つ丁寧に闇の中に消えていく感じ。

『冬の旅』。映像だけでここまで詩を表現されているのを、初めてみたと思う。8mm って、それだけでずるい手法なのかもしれないが、単なる質感だけで終始するのではなく、被写体を、ある一定の決意によって撮影され、切りだして繋がれスクリーンに映写されたなかには、心地良いリズムや、見えない言葉たちがたくさん存在していた。編集の緻密さに、なんだか音楽的なものを感じた。

『鏡の鏡』。ただただ、美しい。

『月日譚』。のっけから「月」の映像にびっくり。これほんとうに 8mm で撮影したんですか。

『夏の早朝と十二月の夕方』。コラージュ。今日一日の締めくくりに、すかっと抜けがよくて思い切りのよい映像による即興演奏を観た気分。素晴らしい。


A、B、C の組み合わせや順番は日毎変わるのだが、今日のこの流れはとても良かったと思う。

かなり長時間にわたっての鑑賞だったが、あっという間だった。


全プログラム上映終了後、la camera でそのまま打ち上げ。

森崎偏陸さんのタンクトップ・モード、炸裂。偏陸さんお手製の味噌が差し入れで用意されていたのだが、これが激美味。キュウリがそのへんに生ってないか、本気で思い出そうとした。ここは下北沢だっつーに。偏陸さんのマグマ塩の話に興味津々。

というわけで、結局ずっと偏陸さんの話を聞いていただけだったけど(笑)楽しかったな。


今日は秋らしく清々しい日柄だったので、チャリで移動だった。

かなり酔っ払っていたけど、涼しい夜風に撫でてもらいながら、調布まで 2 時間近くかけてゆっくりと夜のサイクリング。

さっき観た 8mm の余韻がとても心地良かった。

2010-09-21

もろもろ雑記

木曜日。

毎週通っている合気道の稽古へ。
ここしばらく睡眠不足が続いており、先週の稽古では体力消耗して途中で棄権してしまったので、今日はレッドブルを飲んで臨むことにする(対処のベクトルを間違えているような気もする)
レッドブルのおかげで前半はかなり調子が良かったのだけれど、入り身投げの受身をとって立ち上がろうとした時に立ち眩みを起こした。
が、少しだけ休憩させてもらい、最後までなんとか通すことができたのだった。
やれやれ。


金曜日。

10/9〜10/10 に開催する「しあわせな泡」の打ち合わせへ。
かねてより、阿佐ヶ谷「ギャラリー白線」の歸山(かえりやま)くんと、何か一緒にやりたいねと話していたのが、思いのほかすぐ実現。
映像作家である歸山くんが考案した「jellyfish screen」、東山佳永さんのパフォーマンス、そして僕の音楽とのコラボ。
予め音源を制作する方向で。
すでに何曲か作ってあるのだけれど、概ね気に入っていただけたみたいなので、ベクトルは間違っていなかったな、とちょっと安心。













iPhone ごときのカメラでは何がどうなっているのかまったく再現できないけれど、jellyfish screen なるものの一辺が伝われば。
東山さんの素敵なパフォーマンスと相まって、かなり面白い表現になりますよ。
このあと、残りの制作関係をまとめ、二回ほどリハーサルを経て本番を迎えます。
お時間ある方、是非。
予約もう始まってます。


土曜日。

東京造形大学Hachioji影絵プロジェクトの中里先生が現在開催されてらっしゃる個展を拝見するため、昼過ぎに千葉県市川市へ。













たしか、数日まえの天気予報では「酷暑はこの週末まで」と言っていたと思うのだが、超ピーカンで激暑。
会場の芳澤ガーデンにはほどよく木陰があり、こういう殺人的な天気の日にこのようなシチュエーションはとても助かる。。
で、先生の素敵な暗闇写真を拝見し、噂の手掘りトンネルのビデオを拝見して、トンボ帰りで帰宅。
芳澤ガーデンをあとにして JR 市川駅に向かう途中、チャリを漕いでいた地元の男子高校生が、宅配ピザの無謀運転なスクーターと接触しそうになり、思わず「ファッキューメーン、ビーッチ」と叫んでいた。
たまたまこの子は帰国子女だったのか、あるいは千葉県市川市ではそういう罵倒表現が一般的なのか、僕にはわからない。
帰宅後、ちょっと仮眠とって夜中にもろもろ作業。



日曜日。

大阪の belly roll film の谷口監督作品「Dinner」が、浅草で開催されている「したまちコメディ映画祭」の短編コンペでみごと入選を果たし、いとうせいこうや喰始などそうそうたる審査員らによってグランプリの選出が行われるイベントに出席するために監督自身が来京するというので浅草公会堂へ。
訊けば全国(海外もあったそうな)から 210作品もの応募があった中からの入選だそうだ。すごいなぁ。
4時間にわたって、エントリーされている全 10 作品を鑑賞。
もともと映画館じゃない浅草公会堂で、むりやりプロジェクターやスクリーンやスピーカーをしつらえての上映。
音響がかなりひどく、セリフがなに言ってんのか、モコモコすぎてときどき聞き取れない。
これで上映作品がつまんなかったらただの拷問なのだけれど、さすがに 10/210、どれもとても面白かった。
が、短編アニメはまだしも、短編 CG 作品までコンペに含めるのはいかがなものか。
独りで制作した CG も「映画」っていうくくりなんですか。
そうですか。
ふーん。
残念ながら Dinner はグランプリ取れなかったけど、いい作品であることに間違いはない。
気にすんな、谷口監督。気にしてなんかいないだろうけど(笑)
会が終わり、近所で打ち上げ。
京都太秦などで大部屋を経験したのち、上京してピンで俳優をされている方(まだ若い)と知り合い、なんだかんだと飲み始め、気がついたら「哀愁の街に霧が降る」をカラオケで歌っていた。
なんだかな。

2010-09-13

電車にて / 「シルビアのいる街で」

日曜日。

嫁さんと、渋谷で映画を観ようとなり、昼過ぎに電車で移動。

日曜日にしては比較的空いていた車内だったけど、つり革で立って乗車。

僕らの背後側に、小学校 2 〜 3 年生くらいの女の子と、その母親がやはりつり革につかまっていた。

しばらくすると、女の子がつり革にぶら下がって遊びはじめ、だんだんとぼくらの方に揺られてくるようになった。

最初は、しゃあないね、と思っていたが、女の子がぼくにがんがんぶつかり、あたかも、ぼくがそこに立っていてはもっと揺れたくても揺れることができないじゃないか、といわんばかりにまでエスカレートしはじめたので、「後ろに人がいるんだからもうやめてくれる?」と声をかけた。

でその子はどうしたかというと、僕をこの世で最悪な大人の見本のようにギロっとにらみ、ものっすごくわかりやすくふてくされやがった。

連れの母親はというと、ぼくにたいする詫びなんか言わないのはもちろん、女の子を慰めるような素振りをしている。

それを見たぼくと嫁さんは苦笑するしかなかったのだが、おなじ駅で降りた女の子は改札を抜けるまでずっとぼくと睨んでいたのに気がついて、さすがにムっとしたな。

こういう場合、僕の感覚では「親の教育が云々」ってことになるんだけど、どうもいまの世の中って「子供の立場をどうこう」っていう傾向があるでしょう。

その観点からすると、僕の行動のほうが社会通念上間違っていたことになると思うんだけど、どうなんですかね、そんな社会って。


さて、そんな出来事のあと、イメージフォーラムで「シルビアのいる街で」。


実は、ここでも、ちょっとした出来事があった。


予告編が流れはじめてしばらくしたあと、どうもスピーカーからジリジリと接触不良のようなノイズが出始めた。

せっかく「クレイジーハート」の静かで素敵な音楽が流れているのに、ジリジリジリジリというやや高周波なノイズが気になってしょうがない。

で、誰も動かないので、しょうがないからぼくが席を立って受付のスタッフにノイズのことを告げに行った。


しばらくすると、別のスタッフが場内にそっと入ってきて、状態を確認してくれていたのだが、スクリーン上ではいよいよ本編が始まろうとしていた。

ああ、今回は諦めるしかないか、とかなりテンションが下がっていると、本編が始まって 3 分ほどしたあたりで急に映画が止まり、客電が点いた。

すかさず場内アナウンスで「音声にトラブルが生じたため、一旦上映を止めさせていただき、再度本編の先頭から上映いたします」と。

おお、ありがとう、イメージフォーラムよ。

10分近く中断したあと、今度はクリーンな音響で上映が再開。

いざ本編が始まってみると、「街の音」が作品の中でかなり重要な要素であったので、これはノイズなんか乗ったまま上映されたら俺、かなり激怒してただろうな、と思った。

ていうか、金払って観に行っているんだから、劇場としてベストのコンディションで作品をかけてくれるなんて、当たり前のことだわな。


それにしても、けっこうお客さん居たのに、誰もノイズが気にならなかったんだろうか。

いまだに小学生レベルの可聴範囲を維持できているくらい驚異的に耳が良い大友良英さんほどではないにせよ、まぁ僕も耳は商売道具なのでそれなりに自信はありますよ。

でも、あのノイズはそんな大げさな話じゃなくて、かなりはっきりと耳障りだったと思うんだけど。

百歩譲って、僕がちょっとだけみなさんよりも抜きん出て耳が良かったんだとしたら、これから僕が創る音楽、少し考えなおさないといけないかもしれない。

僕が微弱音だと思っている音、他の人にはまったく聴こえてないってことだから。

あるいは、まるで「実は地球が動いてるんですよ」ってことを口走ったがために磔刑にされるのを忌避するかのごとく、「スピーカーからノイズがでてる」ことを遠慮深く憚っていたのだとしても、これはこれで問題。

その行為は、まっとうな状態で映画を鑑賞する権利を放棄している、ってことだから、だったら映画館に行く必然性がなくなるし、それは映画館が不要だと言っているのと同じことだから。

ホームシアターがどうだとか言っても、何十人規模で人が集まって一か所で同じ作品を、時には隣の客のポップコーンの匂いに悩まされながら、時には他人の目を気にしつつ涙しながら、それでもやっぱり映画館の大きなスクリーンで、大きな音響で、映画を見るってことがぼくはこの世で一番まっとうな状態で映画を観るということだと思う。

映画館側だって、自分たちの存在意義はわかってるはず。

だから、映画館内の機器にトラブルなんて、無くて当たり前。

万が一トラブルが起こったとしても、それを改善してたもれーよ、と劇場に言いに行くのはもっと当たり前だと思うのだが。



で、「シルビア〜」。 これはもうほんとに素晴らしかった。

環境映画、というか。

ドキュメンタリーとかフィクションとかいうジャンルでは語れないような作品だと思う。

街並みの切り取り方がとても素敵。

嫁さんは、「旅が好きな人にはこたえられない映画だよね」って言っていた。

旅があんまり好きじゃない嫁さんは、ということは、言わずもがな、ということですな。 汗

幻灯(燈)ワークショップに参加

土曜日、Hachioji影絵プロジェクトの面々による「幻灯機がやってくる!」ワークショップ@パルテノン多摩「市民ギャラリー」にて。

小学生を対象として、みんなに幻燈で映写するためのネタ(=「タネ」)を描いてもらい、お手製の映写機(=「フロ」)でそれらを実際に映写してみる、という試み。

テレビのように、ぼけーっと口を開けてれば勝手にいろいろなものを見せてくれる映像とは違い、自分で手を動かして書いた画が、暗闇のなかでまるで生命を宿したかのように動きまわる様を体感するって、なんて素敵なことだろう。

あの生き物を作ったの、ぼくなんだよ。

そういうこと。

そう、どんなタネでも、一度フロにセットされ暗闇で蠢くときには立派な生き物と化すのだ。

そもそも、フロを操作する人間の一挙手一投足はおろか、呼吸の息遣いまでがダイレクトに映写されるのが「幻燈」だ。

幻燈こそ、身体表現なのだ、と、深く理解した。 素晴らしい。


そんな素敵なワークショップのプログラム内で、東京造形大学の院生らで構成される「Hachioji影絵プロジェクト」(以下 HKP)の初めてのオリジナル幻燈作品「海ねこ」が本邦初上演された。

今回のぼくの役目は、彼らの幻燈作品に音楽効果音を付けさせていただくことと、上映中にそれらの音を「ポン出し」すること、および、作品の途中で挿入される、小学生たちが書いたタネが登場するシーンの動きにあわせて即興で音楽をつける、というもの。

「月」とか「海」、「ねこ」とぼくの大好きなキーワードが登場する作品の絵コンテを拝見して、楽曲はすぐに出来た。

でアレンジやらなんやらやってネットにデータをアップし、それを HKP のみんなに聴いてもらいながらタネの動きを練習したり、ぼくの方でも音楽の尺を変更したり効果音を修正したり、などという作業を経て、いざ本番を迎えてみたら、これがもう子供達のリアクションの面白いこと!

ネコのコミカルな動き、凶悪そうなサメの動きなどなどに、いちいちキャーキャーと子供たちが反応してくれる(笑)

子供たちのタネが登場する辺りでは、もはや彼や彼女らの熱狂はピークに達し(そりゃそうだよね)、フロを操作する HKP の面々はもうノリノリの絶好調、鍵盤ハーモニカ吹いてるぼくも終わって気がついたら口の中から血が出てたくらい(なんでやねん・・・涙)おもいっきり演奏しちまった。

ここまで楽しいライブってそうそう経験できないよね。

とまぁ、そんな素敵な機会に関わらせてもらえて、造形大の中里先生、小林先生、HKP に関わるきっかけを作ってくれた首藤幹夫さん、そして素敵な企画を設けてくださったパルテノン多摩の I さんに、感謝。

なによりも、あれほどいきいきとした幻燈を表現してくれた HKP のみなさんに、大感謝。




終演後、美味しい芋焼酎を飲みながら、打ち上げ。

打ち上げも楽しかったですなぁ。

最高な一日でした。

2010-09-05

御礼『some kind of guitar(s)』無事終了!

昨日、阿佐ヶ谷「にぎやかな風」でのイベント『some kind of guitar(s)』にご来場いただいた皆様、どうもありがとうございました。

集客面のことはいつも永遠の課題なのだけれど、ちょうど席が埋まるくらいのお客さんに来ていただけたことがとても嬉しかった。

そして終演後にみなさんにこにこして帰って行かれたのを確認して、それだけでもうあのイベントはやってよかったのだな、と実感。

まぁ、みなさんがにこにこしてたのは、もしかしたら最後にぼくがボロボロ泣きながら締めたのを見て苦笑していただけなのかもしれないけど(笑)


昨日の民族さんの演奏は、しっかりと書き起こされた譜面をもとにしたものだった。

もともとは彼が主催する FLY というユニットのために書かれた楽曲を、たった独りでギターで再現する、という試みだったようだ。

楽曲もさることながら、ギターアレンジのアプローチが素晴らしい。

ぼくもあんなギター弾いてみたいなぁ、となかば羨望のまなざしで演奏を拝見した。


藤井くんのソロは、彼のキャラクターがもっとも良い方向で表現されているのではないか。

彼のバンド堕空とか、フリーロックセッションでストイックなギターやベースを弾いているのも格好いいんだけど、ギター一本だけって状況になると彼のもっている美学がよりストレートに現れていたように思う。

アントニオ猪木との思い出を歌った「アントンサマー」や昭和初期の歌謡曲「シャンランぶし」みたいな曲をカバーするあたり、振り幅が広く聴いててどれも新鮮な驚きがあって良かった。


そんで僕の涙腺を破壊した山際さん(笑)

演奏が始まって 5 分もしたらもう涙と鼻水で僕の顔はぐしゃぐしゃでしたがな。

世のギター少年たちよ、悪いことは言わないから山際さんのギターを聴いて戦慄しろ。



いざやってみたら思っていた以上にみんないい感じでバラバラのスタイル/表現だったなぁ。

贅沢なイベントになったと思う。

企画をやらせていただいた「にぎやかな風」の谷口マルタさん、当日お手伝いしていただいたW瀬さんに、感謝。


〜〜〜

「にぎやかな風」をあとにして、山際さん、割礼のビジュアリスト岩下さん、客で来てくれてたズボンズというバンドのベーシスト moostop くん、あと僕の 4 人で吉祥寺に流れて打ち上げをしていたら、渋谷でソロライブがあった割礼の宍戸さんが同じ店にたまたまふらりと登場して、合同で打ち上げと相成った。 最後にこんなサプライズがあるなんて。

やがて、別口で打ち上げていた民族さんも合流してくれて結局 3時くらいまで。

2010-09-03

特権的・・・

ここ 1〜2 年で僕の音楽を一番よく聴いてくれているのは、僕の嫁さんをのぞけば間違いなく首藤幹夫さんである。

その首藤さんが、先日の幻燈写真上映時のことをブログでちらりと評価してくれている。

ありがたや。

自分でも、音楽を創るときの「気の持ちよう」が、昨年からがらっと変わってきているのは、わかる。

あきらかに。

要因としては、やっぱり唐組の芝居を観たことが、一番大きい。

そして、唐十郎さんの「特権的肉体論」を今年になって読んだことで、僕が変態していく過程にさらに拍車がかかった。

これは、もう完全に決定打だったな。


いろいろ内面に問題を抱えたまま活動していた 3年前は、消耗し切ってカスッカスになり、自分で勝手にこしらえた壁に自爆テロよろしく突っ込んでいたようであった。

あの頃は、あんなふうにしか活動できなかったのだ、それはしょうがないことだし、その時できる最善のことを一生懸命やっていたのだから、後悔などは微塵もない。

それからいまにかけ、ものすごくいい栄養補給ができたと思う。

嫁さんや首藤さんをはじめ、いままで面倒みてくれた方々には最大の感謝を(そしてこれからもヨロシクね)


ちょっとだけインターバルをもらってしまったけど、明日は 3年ぶりに「音楽」をライブするのだ。

ちょうど、これを書いている 24時間後には演奏している頃だな。

楽しみだぞ。

調布、雑司ヶ谷