2011-10-20

(お知らせ)三重に行きます

三重県というと、何年か前に鈴鹿サーキットに行ったことがあるが、後にも先にもそれっきりのことであった。

写真家・中里和人さんの生まれ故郷である三重県多気町で、いま氏の個展が開かれている。

その機会に合わせ、多気町車川と亀山市関とで二日間に亘って「神無月の影」と題された公演に、音で参加させていただきます。

10/29、車川公演
10/30、関公演

詳細はこちら

2011-09-29

strings of life vol.3 での演奏

9/23、武蔵小金井シャトー2F で開催された「strings of life vol.3」での演奏の模様。








2011-09-20

まぼろし

11世紀に生きた、ペルシアの科学者にして哲学者、そして詩人のオマル・ハイヤームによる四行詩「ルバイヤート」(訳:小川亮作)より。

105

戸惑《とまど》うわれらをのせてめぐる宇宙は、
たとえてみれば幻の走馬燈だ。
日の燈火《ともしび》を中にしてめぐるは空の輪台、
われらはその上を走りすぎる影絵だ。

106

ないものにも掌《て》の中の風があり、
あるものには崩壊と不足しかない。
ないかと思えば、すべてのものがあり、
あるかと見れば、すべてのものがない。

出典:青空文庫より


今週の木曜日、江古田 Cafe FLYING TEAPOT にて、投げ銭での幻燈写真上映会をやります。
遅めの開演ですので、仕事帰りにでもどうぞお立ち寄りください。

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『some kind of pleasure vol.2』
2011年9月22日(木曜)
Cafe FLYING TEAPOT
東京都練馬区栄町27-7 B1F
西武池袋線江古田駅・歩5分
西武有楽町線新桜台駅・歩5分(副都心線直通)
都営大江戸線新江古田駅・歩10分
TEL: 03-5999-7971

開場: 夜七時
開演: 夜八時
ドリンクオーダーのみ、投げ銭

音/ シューヘイ
幻燈写真/ 首藤幹夫

2011-09-10

Live Informations (September 2011)

この九月、三つのライブのお知らせがあります。

一つめ。

『some kind of pleasure vol.2』
2011年9月22日(木曜)
Cafe FLYING TEAPOT
東京都練馬区栄町27-7 B1F

開場: 夜七時
開演: 夜八時
ドリンクオーダーのみ、投げ銭

音/ シューヘイ
幻燈写真/ 首藤幹夫

「幻燈写真」とは、複数のフィルムスライド機(スライド・プロジェクター)を操作しながら、本来は静画であるリバーサルフィルム(写真)を変化させつつ同時に映写することで動画のような効果を生み出す手法。
その、首藤さんの両手から放たれるフォトンたちに、僕はずっと魅せられてきました。
シンプルな時空の流れの中にこそ、豊かな物語が存在するんだと僕は思います。
秋を迎える直前の夜、一篇の名もなき映画を鑑賞する気分でお越しください。


二つめ。

『strings of life vol.3』
2011年9月23日(金曜)
アートスポット・シャトー2F
東京都小金井市本町 6-5-3 シャトー小金井 2階

開場: 夜6:30
開演: 夜7:00
チャージ 1,000円(隣でカフェを併設しています)

shibata
yamaga shizuka
シューヘイ
山田民族

フレットレスギターの演奏を、静かに行います。


三つめ。

『stringraphyLabo vol.2』
2011年9月25日(日曜)
スタジオ・イヴ
東京都世田谷区松原 1-4-13 (京王線代田橋駅より徒歩5分)

時間:19時open 19時30分start
料金:1500円
予約、お問い合わせ、ライブの詳細などはこちら

ストリングラフィ: 鈴木モモ (Minako Suzuki)、篠原もとこ
ガムラン: 川村恒平斎 (滞空時間 TAIKUHJIKANG)
音響: シューヘイ

僕は演奏での出演ではなく、ブライアン・イーノ風に云えば「サウンドスケープ」として参加します。


よろしくです。

2011-09-08

にんぎょう

過日、初めて「結城座」の公演を観た。

370年も続くという伝統のあやつり人形芝居。

観たのは「スタジオ古典公演」ということで、小金井の結城座スタジオ内で開催された「古典物のみ」の公演であったのだが、のっけから神経の細やかな人形の動きにかなり魅せられた。


結城座では、人形遣いが自ら台詞を語る。

ということは、人形を操り「第二の自分」に演技させながら、第二の自分の言葉を語る、ということだ。

これはおそらく、ものすごいこと。


そして先週、その結城座を辞めた結城一糸と「元」11代結城孫三郎だった田中純が旗揚げした「江戸糸あやつり人形座」の公演、「アルトー24時」を観た。


たて続けて結城一門の人形を観る機会に恵まれたのは、ほんの「たまたま」。


アルトーを演じていた人形は、これはもうまったくもって完全なほど「ひとがた」なのであった。

物体としては人形だが、存在としては人間。


そして、生身の役者である人間もまた完璧に「ひとがた」であった。

存在としては人間だが、舞台上にあるそれは、人の形をした何か。


めまいがするほどに濃密な時間を過ごし、帰りの電車の中でも上気した頭でぼーっとしているうちに、気がついたら家に居た。

電車で移動したのは、おれという人間のひとがただったかもしらん。

2011-08-11

思いがあっても

思いがあっても、それを口にしたとたんに何かが崩れてしまうということを、この前あらためて経験した。

言葉は、呪である。







僕は、そのときだけはいかなる言葉も要らなかった。



2011-07-19

ライブ鑑賞日記(2日分)

日曜日。

twitterでイトケンさんのつぶやきを見て、AKRON/FAMILY のマイルス・シートンのセッションライブでドラムを叩くと知ってこれは行かねば、と急遽幡ヶ谷のライブバーへ。
一部はマイルスのソロ、二部は envy のTobitaさんらとのバンドスタイルでセッション。
ソロは、ところどころで歌を入れながらのアブストラクト。
歌いまわしの端々にカントリーミュージックの匂いがあって、これがとってもよかった。
終いに stand by me を歌っていたけど、ああ、この柔らかさがいいなぁ、と思った。
とっても良かった。
二部、イトケンさんがあそこまで叩きまくっているのを、初めて見たかもしれない。
ていうかものすごい数のライブやってる人なので全部を見て言ってる訳じゃないんだけどさ。
終わってから本人に感想を伝えたら「すげ汗かいたよ」だって。
こっちも面白かった。
いやーいいもの聴かせてもらった。twitterばんざい。


月曜日。

plan-B で「坂本宰の影」 3/42。
今回は 3 回目にして初の、共演者を引っさげての登場。
影の本体から直々に PA を頼まれたので、今回は音響周りのお手伝いとして行ってきた。
lakeside++ はずっと以前にライブで聴いたことがあったのだが、どうやら今回はその時以来の集結なんだそうな。
その、地上に現れるチャンスをうかがっている期間が蝉の幼虫よりも長いかもしれない人たちと、坂本宰の影とのセッションはものすごく良かった。
毎回、ミニマルなシークエンスの揺らぎの中に彼の面白さが凝縮していると思って観ているのだけれど、今回は最初から終いまで緩急つけながらも一気に滑り落ちていった感じ。
これが観れて、ほんと良かった。


P.S.
フジロックチケット、おかげさまで無事に某方にお譲りできました。

2011-06-17

「ひやりん児」

劇団唐組第四十七回公演「ひやりん児」を観た。
明治大学での特別公演と花園神社で迎えた千秋楽の二公演を観劇。



稲荷卓央さん演じる豆腐屋「尾加良(おから)」が、たった一丁の豆腐を浮かべただけの屋台を引きながら、その豆腐の落ち着く先を求めて彷徨う様を下敷にした話なのだが、交差する人々との関係が禍いしてかたちを崩した豆腐は、最期は尾加良自身の手で完全に粉砕されてしまう。

唐さんのお芝居には何かしらカタストロフィが描かれるのだが、今回ほどそれが切なくて、切なさの先にある儚さや尊さ、力強さが身に迫ったことはなかったな。。

花園神社では屋台崩しの向こうに真っ赤な鳥居が突如現れ、それを確認した途端、身体全体が震えた。

明治大学公演では気田睦さん扮する山伏(?)による前口上ですでにホロリときて開演15分で涙腺が壊れた。
花園では終盤近くまでずっとげらげらと笑って観ていて、こんなに楽しい芝居だったのかと驚きつつ油断していたらラストの15分で大泣きしていた。あはは。
同じ芝居なのになんでこうも印象が変わるんだろう。
このお芝居に限らず毎回、不思議。

「また、お逢いしましょう」という、楽日を締めくくった唐さんの一言に真っ直ぐに惹かれてしまい、四方に散ってゆく雄姿たちの影に魅せられてまた大泣き。

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2011-06-14

Stringraphy

ストリングラフィライブの模様を、渡辺タケシくんが撮影してくれました。(ありがとう~)



ストリングラフィは、要するに「調律された糸電話」。
ソプラノ、アルト、バスの各パートごとに縦に音階を並べた三つのブロックがあり、全体的に As-Dur(変イ長調、 Aフラット・メジャー)に調律するのだが、なにせ糸電話。ちょっとした湿気や気温の変化で調律がどんどん変わる。
リハの時は A=435Hz で合わせていたのだけど、本番直前にエアコンをがんがんにかけて会場の気温を下げ、A=445Hz で調律しなおしていた。
10Hz違うとそうとうピッチは変わるのだが、チューニングが必要な大抵の楽器とのコラボっつったらそりゃもう気が狂うほどややこしそう。



・・・といいつつ、復弦でただでさえチューニングが面倒くさいバンドリンを持っていってしまった間抜けな自分。
案の定、本番でオブリで使おうと思っていたけどほんの4小節分くらい弾いてみたところで敢えなく撤退・・・

徳久ウィリアムくんのフレキシブルな「声」とストリングラフィとの相性はさすがにベストマッチだった。
ウィリアムくんのホーメイや多種多様のヴォイスに、モモさん、もとこさんらによるストリングラフィが時には呼応し、ときにはまた別の世界を作りだし、それはもう面白かったな。


ぼくはみんなが出すいろんな音にほんのちょっとの味付けを行ってみた。


もちろん、生の音たちがそれだけでも世界を持っているので、こちらがやったことというとところどころで音響的な「相の手」を入れる、という感じ。



終演後の打ち上げも楽しかった。

今回のイベントタイトルには「ラボ」と謳われていたけど、ポジティブなベクトルを持った「実験」は、やってみる価値は絶対にある。

この類稀な楽器の「実験」に呼んでくれた鈴木モモさんに感謝!

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2011-06-13

雑記

5月からずーっと何かしら動いていてなかなか落ち着かない日々だったけど、昨夜花園神社で劇団唐組公演の千秋楽を観劇し、例によって涙腺が壊れて大泣きしたところでいろんなことが浄化/消化され、今年前半戦の折り返し地点をやっと確認することができたのだった。
それにしても、最近はそもそもアルコールの摂取量が落ちていたし、焼酎は芋焼酎しか飲まなかったので、久しぶりにいいちこを生で飲んだら腹の底から暗黒エネルギーが噴出してきたみたいで、参った。



5月は、自分が企画したライブも含めて「人前(または裏)でなにかやる」のが三つあったのだが、今月は生演奏の音響操作を、ときどきエフェクターによる音場の変容も加えながら行う、というのをやらせていただいた。
その昔、超有名なダブエンジニアが某バンドのライブでダブをやっているのを聴いたことがあるけど、ディレイの飛ばし方が全然あってなくてとっても格好悪かった。
やっぱり葉っぱやりながらじゃないとああいうのは難しいのかな、などと思ったことがあったのだが、そんな話は俺のこととは全然関係がない。
ブラックコーヒーとロックスターでオメメパツチリ、ノーミソ爽快な体調でライブしたのは5月も同じだし、今月のもそう。
ライブの前には何も食べないのも全部同じ。
ただ頭は聡明な状態なのだが、季節柄、古傷が痛み出しちゃって若干、満身創痍気味。



猫の茶助は完全に甘えんぼさんになってしまった。
とにかく俺が行くところどこにでもついてこようとする。
ただ、風呂場のドアを閉めようとしていたときに前足を軽く挟むというちょっとした事故が起こってから、洗面所/脱衣室から奥には入ろうとしなくなった。きっとあの事故はトラウマになっちゃった。
俺の作業部屋にはまだ入れていない。
この部屋はきっと茶助にとっては遊び道具や隠れ場所の宝庫だろう。
わかっちゃいるけど、狭いところにたまった埃をきちんと掃除するまでは入れられない。
細い隙間の奥にもぐりこんで埃の山に顔をつっこむせいで、結膜炎がなかなか終息しない。
おかげで目に軟膏をつけてやるのはもうずいぶんと慣れた。

2011-06-06

(お知らせ) 今週末、Stringraphyと声のライブに音響+アルファで参加します

2011/6/11(土)、鈴木モモさん主催のライブに参加します。

鈴木さんはかれこれ16年ほど前から「ストリングラフィ」という楽器の奏者として、ストリングラフィ創始者の水嶋一江さんらと共に活動してきた方。

今回は、通常4~5人で演奏するフォーマットではなく、もっとミニマムな形態でストリングラフィを演奏することでこの楽器の違った面を掘り起こしたいということからこの企画が立ち上がったそう。

この企画に参加することが決まってから二度ほど、水嶋さんや鈴木さんをはじめとしたレギュラーメンバーによる演奏を聴かせていただく機会に恵まれたのだけれど、何度聴いても不思議な響きの音と、良い意味でおよそ楽器演奏らしくない奏者の佇まいとが相まって、これがほかではちょっと味わえない楽しい経験なのであった。

この楽器について、ここでああだこうだと解説するよりも、実際にその場に来ていただいて観て聴いていただくのが一番。

ライブの詳細は上記のリンクを参照してください。

あまり広くない会場なので、確実に座って観たい方は予約メッセージ宜しくです。

2011-05-23

密着

ぼくは、音楽は生活に密着していてナンボ、だと思う。

朝、目覚めて最初に聴きたい音。

通勤時にイヤホンで聴きたい音。

昼ごはんを食べ、陽だまりのあたる心地良いベンチで煙草吹かしてる時に口ずさみたい歌。

一日の仕事を終え、どこかで一杯やってる時にふと耳についた音。

夜寝る前に、一日を静かに終えたいときに流したい音。

音楽、というよりも音そのものとは、そんなものなのだと思う。


ライブ、という「場」について、ハレとケを引き合いに出したこともあったが、日常と非日常などという一線など、ぼくにはもう必要がなくなってしまった。完全に。


その時に鳴っていてほしい音、というものを、正直に、できるだけ正直に鳴らせることができたらどんなにか素晴らしいだろう。

いま僕が住んでいる調布市という街で、もしくはぼくの生活に手の届く場所で、ぼくの生活に密着した音というものを出せるような、そんな何かをやりたくなってしまった。


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2011-05-22

いろいろ

五月に入って、いろいろと変化や刺激のあることが多かった。

ゴールデン週間の初日、我が家に新しく家族が加わった。
茶トラの子猫、茶助と書いて「サスケ」くん。
家に来て早々、感染症やら眼瞼炎やらで動物病院のお世話になったりして騒がしかったのだけれど、それから早や三週間、体重も順調に増えていまはかなり、元気。
どうもピアノの音が好きみたいで、中でもドビュッシーが大好きみたい。
食べ物の好き嫌いはないし、トイレもわりとすぐに覚えてくれたし、とってもいい子、だ。















ちょうど茶助が我が家の一員になった日、iPhoneを 3G から 4 に替えた。
二世代ほど新しくなった訳だ。
ついでに嫁さんもiPhoneユーザになった。
おたがいのスケジュール管理がかなり楽になり、とても助かる。


黄金週間の最後の数日間、plan-B にて開催された田中泯さんプロデュース公演のお手伝い。音担当。
ダンサーの武内靖彦さんがステージで踊るための音を、泯さんからのサジェスチョンを基にしてあれこれ作り、現場でリアルタイムに変化させながら鳴らした。
泯さんの仰ることは、頭では、解る。
でもそれをなかなか具現化することができない自分が、もどかしい。
本番を迎えるまでにその場にいた方々にご迷惑をおかけしてしまうシーンもあり恐縮の極みだったが、得たものはたいへんに大きかった。
泯さん、武内さん、スタッフのみなさんに深く感謝。


そして立て続けにやまおきあやさんの「エロティカナイト・番外編」の音。
中上健次作「赫髪(あかがみ)」をやまおきさんが朗読する中、ところどころで鳴る音を考える。
リハでは、このために録音しておいた素材を使ってみたのだが、けっきょく本番では生でやることにした。
「言葉」とやるときは、いつも難しいと思う。
・・と書くとなんだかライブが良くなかったようになってしまうが、ぜんぜんそんなことはない。
というか、ライブに失敗はない。

やまおきさんのこととはまったく関係がないが、そういえば、いつか「何語かわかんないような言葉」というのと一緒にやってみたい。


そして、昨日は自分のライブ。半年ぶり。
いま、ということをきっちりやり倒した。
ご来場の皆々様、FTP の目黒さん、徳久ウィリアムさん、山崎那奈さん、山田民族さん、飛び入りしてくれた良二くん、ありがとう。


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2011-04-19

昆布肌

韓国語で、「勉強する」は「コンブハダ」(공부한다)という。

最近、晩酌の肴に魚肉ソーセージを食ってるせいか、アタマが冴えている。

こういうときにこそがっつり勉強しないともったいない。


というわけで、久しぶりに毎日 SuperCollider のプログラムのソースコードとにらめっこ。

たまにはこういう時間を作らないと錆びついちゃうからなー。


ちなみに、5月のライブはコンピュータは一切使いません。

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2011-04-01

5月ライブのお知らせ

5月、江古田フライングティーポットで久しぶりにライブやります。
チャージフリー、ドリンクオーダーのみのライブです。
お気軽にどうぞ。
もしライブを楽しんでいただけてお財布にゆとりがあれば、ほんのちょっぴりチップをわけていただけると幸い。

2011/5/21(sat)
『some kind of pleasure vol.1』
@江古田フライングティーポット
http://www.geocities.jp/flyingteapot1997/
東京都練馬区栄町27-7
榎本ビルB1
西武池袋線江古田駅・歩5分
西武有楽町線新桜台駅・歩5分(副都心線直通)
都営大江戸線新江古田駅・歩10分
03-5999-7971

Open 18:30 / Start 19:00

チャージ:フリー(気に入ってくれたらチップお願いします)
ドリンクオーダーお願いします

【出演】
シューヘイ
徳久ウィリアム
山田民族

ひとりあたり持ち時間40分で、好きなことをがっつりやります。

2011-03-25

一字違い

この二週間の間に見つけた一字違い。


×被爆  ◯被曝

前者は、「爆撃の被害に遭う」ことを指し、放射線に曝(さら)されることを指すのは後者。いま日本で起こっているのは戦争ではない。


×予震  ◯余震

前者だと、「予(あらかじ)め震える」ことになる。そんなのがほんとにあったらあんなに大きな地震に対していくらでも対策がたてられただろうに。


×放射能漏れ  ◯放射線漏れ

放射能、というのは「放射線を出す性質(能力)」のこと。性質や能力は他所に漏れたりしません。ただし、能力を持った人が当該地域を離脱することはあります。原発で作業している作業員が次々に被曝することで現場を離れてしまったらあとは誰が作業にあたるんだろう。

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2011-02-21

一年ぶりの大阪

金曜日の夜、渋谷から出発した深夜バスに揺られて、首藤幹夫さんと一年ぶりの大阪へ。
今回の旅は大阪芸大の池田先生率いる「錦影繪池田組」による幻燈作品を鑑賞するのが主な目的。

相変わらず、深夜バスでの移動はとても楽しい。
今回の乗車で強く感じたのだが、どうやら「深夜バスという移動手段を選ぶ人種」がこの世には居るらしい。
あの一種独特な「暗闇の方舟」の空気感を醸すのは、長時間を共に過ごす乗客たちの気配に拠るところが大ではないか。
連れを伴いわくわく気分で乗り込む身で云うのもなんだが、客席のあちこちを埋める「笑わぬ表情の一人旅」になんとも言えない興味を覚えてしまう。
他所様の旅の事情を探ることなど野暮なことと思いつつも、真っ暗闇の中で高速道路を移動する間、彼らの秘めたる旅の動機を夢想せずにいられない。


上映会の会場は富田林市「寺内(じない)町」jの一角にある「旧杉山住宅」という、ほんものの重要文化財である。
大阪という都会にあって、寺内町の町人風な家並みはとても良い。


池田組の上演の前、松本夏樹さんによる「手回し活動写真『Endless Action』」を観る。
古い映画フィルムの端切れを、子どもが絹糸で繋ぎあわせて作ったという手回しフィルムを観ていたら思わず涙腺が緩んでしまった。
無邪気ないたずらで作られたものなのだろうか。妙に感傷的になってしまった。


いよいよ、初めて拝見する錦影絵「寺内町当曲螢道(じないまちあたりきょうげんほたるみち)」。
言葉での表現を使わなかった Hachioji影絵プロジェクトとは違い、30分に及ぶ全編にわたって「上方落語風」の語りが入る作品。
若干冗長さは感じたものの、その緻密な構成にただ、圧倒されてしまった。
ストーリーを表現する演者たちのフロを操作するタイミング、語りの全てが滑らかで、相当、周到に準備されたであろうその過程を想像すると思わず気が遠くなる。

語りを担当していた方の外音の調子が芳しくなく、聞き取りにくかったのは残念。
音士の僕としては、音響と効果音にもう少しだけ工夫の余地を思う。

とはいえ、全体的には風情漂う素晴らしい作品でとても素敵なひとときであった。


幻燈鑑賞後、東京から別便でいらしてた写真家の白石ちえこさんとなんばに流れて我々だけで打ち上げ。
良い話がたくさん聴けてこれも楽しかった。


首藤さんとは朝までいろいろ語り合い(というか飲んだくれ)、昼便の高速バスで帰京の途についた。
東名高速もそろそろ川崎か、という辺りで高速道路上のバス停で停車してくれることがわかり、試しに「宮前」というところで下車してみたら田園都市線の宮前平駅近くであった。
高速道路のバス停で降りたのは生まれて初めての経験だ。
本来は東京駅までのチケットを買っていたのだが、多摩川の東側に棲む我ら二人にとってはこの方が都合が良い。
予定よりも2時間は早く帰宅して大阪の旅は無事終了。

今回も、濃く充実した良い旅であった。

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2011-02-07

perfect pitch

最相葉月著「絶対音感」(新潮文庫)を読んだ。

ちなみに、絶対音感はぼくには、ない。
ギターというのは自分でチューニングしなきゃいけない楽器なのだけれど、チューニングメーターや音叉がそばにないときはとりあえず他の楽器に合わせたり、それもないときは BGM でかかってる音楽にあわせて「この音が A(ラ)かな」などとてきとーにあわせるので間に合わせる。
そんないいかげんな楽器を弾いてるので、「絶対音感」というものとはまったく縁がないといっていい。

あるいは、ピアノだってチューニングは狂う。
昔ジャズ屋で P.A. やっているときはぼくも「なんちゃって調律師」をしていた。
とはいえ、ゼロから調律するのはさすがに無理。
ぼくができるのはせいぜい、1音につき3本のピアノ線が共鳴するピアノという楽器の、その3本の微妙なズレを直すことくらいである。
微妙なズレをそのままにしておくと、ホンキートンクピアノというか、なんだかモジュレーションがかかったような甘い音になってしまう。

ただし、微妙なズレとはいえ適当には直せないわけで、オクターブ上下の同じキーとピッチがあってるか、とか、和音を鳴らしてみて鳴り方が変じゃないか、というのは気をつけないといけない。
だから、厳密な意味での調律ではないにせよ、ザラーっと上から下まで音を出してみて「変なモジュレーションがかかってなくて、和音が綺麗に出る」調律ならできる、という程度である。
とはいえたったそれだけの作業でも、30分くらいはかかっちゃう。
モジュレーションがかかってるキーが3つもあると 1時間は要していたかもしれない。

そんなぼくが調律したピアノを、絶対音感のあるピアニストが弾いたら、もしかしたら気持ち悪い、と思われていたこともあったかもしれない。


さて、絶対音感、って、僕の周りでもなんだか錦の御旗のごとく有難がるひとがいたりするのだけれど、果たしてそんなにいいものなのかな、というのはなにかにつけ、気になっていたのだが、上記の本は、そんなぼくのもやもやをある程度すっきりさせてくれたとても良き読み物であった。

そもそも、絶対音感がそんなに有り難いものなのか?、という疑問をなぜ持ったかというと、一番の理由は上にも書いたように「世の中そんなに正確な音程の楽器ばかりではない」ということを僕自身がよく知っているからだ。

やはりというか、たった 1Hz の違いでも、世の中には気持ち悪くなるひとがいるんだとか。 うーむ。。

ギターの 1弦のチューニングが狂ってる、っていうのならわかるけど、楽器として全体的に 1Hz 違っている、しかも一緒に演奏する他の楽器も同じように 1Hz の違いでチューニングをあわせている、という状態で、いったい何が問題なのかぼくにはまったくわからない世界である。。


その他、いろいろと、興味深いトピックもあった。例えば、
日本の「絶対音感教育」というのは大戦中に軍事教育に利用されたことある(潜水艦や戦闘機が飛んでくる音を感知することが作戦に影響を及ぼす、という考え(!)、、それではまるで人間レーダーではないか)、とか、
アメリカの大きなホールに置かれている生ピアノは A=442Hz で調律されていたり、古楽器になると A=414Hz でチューニングする(ちなみにギターなどで使うチューニングメータでは、A=440Hz)、とか、
「ド・レ・ミ・・・」という呼び方には「ドはド」として捉える「固定ド唱法」と、調が変わってもルート音を「ド」だとする「移動ド唱法」ってのがある、
などなど。

最後の「移動ド唱法」ってなんかややこしい・・
そういえば、中学校の音楽の先生は教科書の音符に「よみがな」をつけるのが好きなひとだったけど、ハ長調じゃない楽曲のとき、五線譜の「レ」を「はい、ここはドで」みたいなこと言っててなんか混乱したことがあったな、、

昔ジャズを習った先生は、「音楽の教科書も A とか Bb(フラット)で教えればいいのに」と言っていた。
それ、ぼくも賛成。
「嬰ハ短調」っていうよりも「C#m(シー・シャープ・マイナー」っていう方がいまどきは解りやすいと思うし、余計なこと覚えなくていいと思うんだけど(そもそも「嬰」ってなんて読むの・・)


楽曲を聴いた瞬間、すらすらと譜面に音符を書くことができる能力は、それを目の当たりにすると「おおかっこいい」と思うのだが、それをなすための「絶対音感」という能力がもたらす弊害も考えると、これからはなんだか複雑な心境に陥りそう。


本書を書かれた最相葉月さんは、音楽家ではない。

なので、絶対音感が良い・悪い・という視点ではなく、あくまで「絶対音感とはなんなのか」という興味だけから、緻密な調査を経てこれを書かれている。

深読みなどはせずとも、「絶対音感」という題材の裏に横たわる、ときには音楽とは関係がないものも含めたいろいろな問題を知ることもできる。

とても面白い一冊。

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2011-02-04

春ですな

花粉が飛び交いはじめてて、もうすでに息も絶え絶え・・ しむー


今月、一年ぶりに首藤幹夫さんと大阪に行きます。

今回は自分たちのライブではなくて、大阪芸大の池田先生率いる「錦影繪池田組」の上演を観るのが目的。

去年、首藤さんとの大阪ツアーの合間を縫って二人で池田先生の研究室を訪ねたときには、まだぼくらは影絵の実地体験はしていなかった。

で、一年かけて「写し絵」(影絵)に携わったあとで観る、初めての「錦影絵」。

これがもう、とても楽しみなのである。


大阪方面でお時間ある方は、ぜひご一緒に富田林に行きませんか。

暗闇に漂う幻に酔いしれたあと、するめの天ぷらを肴に酔いつぶれましょう(えー)

2011-01-31

むんむんむらむら

僕の気質として、薮から棒にひとから「やれ」と言われたことは、ほぼ確実に「やらない」。

自分で率先してやってみたいことしか、やりたくない。

やれ、と言われたことを粛々とこなすことができるひとをプロと呼ぶのなら、ぼくはプロじゃなくてもいいや。


頭の中が、妄想でぐるぐるし始めた。

5、6年前よりは、肩の力を抜いてやれそう。

肩の力を抜く、って、合気道ではとても大事。

何事も底辺では繋がっているのだからして、たぶんこの妄想も合気道と同じように「肩の脱力」が大事になると思う。


妄想できる余地が多少なりともあるのなら、それはどんなことでも率先してやる。

妄想できる余地がまったくないのなら、そんなものはやる価値がないと言っていい。


一番望ましいのは、自然発生的に妄想が沸き起こり、それをどうやって具現化するかをまたさらに妄想で攪拌して、あとは着地点を定めそこに向かって爆進できることだ。


いま、それが起こりつつある。


春頃だ。

2011-01-23

ありがとう

Hachioji影絵プロジェクトの、今期メンバーによるさいごの公演は無事終了しました。

打ち上げで花束をいただいてしまい、びっくりするやら嬉しいやら。

みなさん、どうもありがとう〜

とはいえ、お礼を言いたいのは、こちらこそ。

幻燈は、チームワークなくして実現不可能。

プロジェクトのみんなのおかげで、ほんとに楽しい一年でした。


こういう機会に巡りあわせてもらって、首藤幹夫さん、造形大の中里先生にも最大限の感謝を。


2011-01-17

今週末、江戸写し絵(幻燈)上映ふたたび@東京造形大学

昨年江東区の中川船番所資料館で上演した Hachioji影絵プロジェクトによる幻燈作品「中川妖怪絵巻」を、東京造形大学校内にて今週末再演します。

以下紹介文は首藤幹夫さんのブログから拝借。

~~~

東京造形大学大学院〈Hachioji影絵プロジェクト〉は、伝統とアートを融合させ、地域のなかでアートコミュニケーションをめざす活動です。
これまで、江戸時代に使われていた幻燈機「風呂」を復刻し、大学のある八王子にゆかりの影絵(写し絵)を各地で上映してきました。
今回、江戸時代の浮世絵をモチーフにした新作影絵「中川妖怪絵巻」を上演いたします。

指導担当/中里和人、小林貴史、首藤幹夫

2011年1月22日(土)
東京造形大学キャンパス 7号館デザイン棟A 地下スタジオ
(場所は変更になる場合がございます)
キャンパスマップ
http://www.zokei.ac.jp/campuslife/map.html

14時30分~第一回公演
15時30分~第二回公演

音楽:シューヘイ
http://shuhey.com/

再演とはいえ、場所が変われば新しい演出も出てくるかもしれません。
ちょうどキャンパス内では卒業制作展の「ZOKEI展」が開催の時期でもあり、一般の方々も自由に入れます。

ZOKEI展
http://www.zokei.ac.jp/campuslife/zokeiten.html

学校へのアクセス
http://www.zokei.ac.jp/smenu/access.html


お時間ある方、是非!

2011-01-12

おとしだま

年明け8日、9日は中野富士見町の plan-B にて、『高橋悠治+田中泯』公演の裏方仕事へ。

昔は「おとしだま」といえば武士は太刀を、町人は扇を、町医者は丸薬を贈ったそうな。

ならばこの二日間は、僕にとって高橋悠治さんから音楽を贈ってもらったようなものかもしれぬ。

ほんとうは、音楽とかなんとかそんなのは越えていたのだけれど。


田中泯さんは、この世で最強のリスナーであろう。

その場で踊ることで、いま奏でられている音の反応を、そのままダイレクトに演者に魅せるのだから。

嬉々としてステージに佇むお二方を観て、なんとも正月らしい浮世離れした場を、楽しませてもらった。


桃花村で作られていた干しイモ二袋を買ってきたのだけれど、あっというまに平らげてしまった。

2011-01-05

R.I.P Mick

そもそも、いま僕がギリシアの Rembetika を聴くようになったのは、貴方のおかげなんです。

クラシックを習っても、キプロス島の DNA によって不思議なフレーズしか弾けないことに悩んだこともあったとか。

それでも、貴方の揺るぎない唯一無二のスタイルを聴いて、ぼくは音楽のすばらしさを教えてもらったんだ。

さぞやここ最近はとても辛い毎日だったと思います。

やっと楽になれたんだね。

ゆっくり、安らかに休んでください。

心の師、Mick へ。

2011-01-04

方針

今年は、「言葉と共に生きて」みようかと思う。

それは、「急に饒舌になる」というのではないし、なにかにつけ七面倒な理屈をこねくり回すということでもない(そのケは従来からちょっと(?)あるけれど)。


日々の生活の中での「言葉」を、意識的に咀嚼しなおしてみたい。

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2011-01-03

初夢

ギタリストの土屋昌巳さんが、僕がつい最近リアルで買ったテレキャスターと同じタイプの、ものすごく年季の入ったやつを弾いている。

メイプル指板で、2フレット、4フレット、6フレットの辺り、、つまり F#、G#、A# といった、普通はあまり使わない指板上のポジションが異常に汚れている。

フレットは完全に磨り減っていて、指板をスキャロップのように削ることでフレットの「盛り上がり」を強引に作っている。

指板の木目がささくれだっていて、一瞬、これでは弾きづらいだろうと思われるのだが、実際に指を這わせてみると意外とスムーズにフィンガリングできる。

ここまで弾き込まれたギターはなんて幸せなんだろう、と思う。

土屋さんに「フレットがまったくないけど困りませんか?」と訊ねると、「全然困らないよ!」と云い、ヘッドの付け根の「蓋」をパカっと開けると、そこに収納されていた着脱可能なフレットがばらばらと僕の手のひらに溢れ出てきた。


手のひらに盛られた着脱可能なフレットの山を見つめる。

2011-01-01

今年もよろしく

2011年。平成23年。あけましたですな。今年もよろしくです。

午前0時、年越してすぐに近所の深大寺に徒歩で初詣へ。
今年は後厄ということで、念のため厄除けしてもらう。
本堂で護摩ががんがんに焚かれ、総勢9名の坊さんによる読経が始まってすぐ、自然に合掌した。
不思議なもので、本厄をなんとか乗り越えた安心感(あるいは達成感?)からか、手の甲から邪気のようなものがふわふわと抜けているのを感じた。
帰宅後、おとなしく就寝。




















朝7時に起床、すぐに毎年恒例の「小づゆ」調理。
「小づゆ」は会津の郷土料理で、正月など祝いの時に食べる汁物。
貝柱でとった出汁がさっぱりとしてて、酒飲みながらでも食せるのがいい。

出来上がると、小づゆを肴にさっそく「泉川」で初酒。
泉川という日本酒は、高校の同級生の実家が蔵元の銘柄で、フルーティながらもどっしりとした味わいでとても美味。
朝っぱらからぐいぐいと何杯でもいっちゃいそうになるのを、けんめいに自制。




















軽く酔っ払った足で、元日特有のすっかすかな電車に揺られ、これも毎年恒例の帝釈天詣で。
正月ここに来るようになって、もう22年。
帝釈天の門をくぐるときは「ただいま」と思う。
屋台でチヂミやトッポギを頬張り、江戸川の土手で寝転がり、凧揚げの風景を眺めながらしばし初春の心地良い日差しを浴びる。




















昼過ぎに柴又をあとにし、そのまま青山イメージフォーラムに向い映画「ハーブ&ドロシー」を鑑賞。
作品を作る側と、それを楽しむ側の「あるひとつの関係性」。
「現代アート」において、NYCという場所がすでに特権的ではあるものの、この作品で語られることはあくまで超普遍的な「一傍観者」の在り方であった。
夫婦共にアートと共に生きるという選択。あるいは生活にアートがある、という生き方。
夫妻のそんな生き方を評して、「誰でもそういう生き方を選択し得たのに誰もしなかった」と云う、あるひとりのアーティストが発した一言に、色々考えさせられる。




















帰りしな、職安通りの韓国スーパーに立ち寄り、この三ヶ日の間に食べようと冷麺などを調達したのだが、帰りの京王線の車内で賞味期限が一週間以上前で切れていることに気が付き、一旦帰宅した後にレシートをもって車で返品しにいく。
元日特有の、すっかすかな甲州街道を滑るように一路、新宿へ。
モノをみせると、お店のスタッフがたいへんに大げさなジャスチャーで驚き、謝罪し、すぐに代わりのを持ってきてくれた。

でふたたび帰宅し、ふたたび泉川で嫁さんと乾杯し、ふたたびほろ酔い気分でこれを書いている。

そんな元日。

調布、雑司ヶ谷