2009-10-30

パターン認識

コンピュータビジョンの応用といっていいのかな。

かなり面白いのを見つけてしまった。


ラフなスケッチをもとに、パターン認識技術を使って動的にモンタージュしてくれるらしい。

ふーむむむ。。



2009-10-29

雑記

某日。

近くに住む某音楽家と、地元にある「もつ鍋」の店にて、飲み。

ここ最近、調布市内の飲食店はほんとにいい感じ。

そこそこ安く、味は抜群、居れば落ち着けるという、三拍子揃った店が増えてきた。

この店もそのなかの一つ。

さすがに野郎二人だったので食って飲んでほんのちょっと高くついたけど、プライスレスな楽しいひとときというやつを味わうことができたのでありました。

またやりましょね。

〜〜〜

ちょっと前に Logic 9 付属の WaveBurner の不具合について、と、その解消方法を書いたのだけれど、某音楽家も同様な問題に直面した際にあのメモを参考にしてくださったようで、無事問題解決されたらしい。

風の噂。

というのは嘘で、ブログのログを眺めてて気がついた。

人様のお役にたてたと思うと、気分良し。

〜〜〜

そろそろ、蛍族やってるのも辛い季節にさしかかってきた。

気がつけば、今年もあと二ヶ月とちょっと。

あと二ヶ月でできることってなんだ。

準備、鍛錬、実務。

いつだって、これしかない訳ではあるのだけれど。

2009-10-27

vessel of a leaf のリリースにあたり(その5)

M-5 について。


タイトルの "p10m" は、polymorphism の略記(p と m の間に 10 個のアルファベットがある)


SNPs という単語をネットで知ったとき、この曲を発想した。


おそらくこの世界は、詳密・緻密に設計されている。

あまりに詳密・緻密すぎて、いままでぼくは「自然とはダイナミックなもの」だと勘違いしてきたかもしれない。


そんな世界で、人間は設計図の断片をようやく見つけだすことができ、それをなぞらえるための第一歩を踏み出した。

ゲノム解析、オーダーメイド医療など。


この曲は、そんな人間たちがおりなす次次世代ドラマ模様の劇伴を妄想して作った。


ちなみにこの楽曲の制作にあたっては、この作品集のなかでもっとも緻密なプログラミングを行った。

台風

一年半ぶりくらいに、嫁さんの実家である沖縄へ。

暴風雨、というほどではなかったのだけれど、滞在中はずっと台風の影響で雨が降っていた。

傘をさしていても、ズボンの裾はずぶぬれになるくらいの雨。

しかしながら、外を見てみると台風に慣れている県民性からか、けっこうな人々が傘をささずに町を闊歩している。

逞しい。


噂に聞いていた、カウンターに座ると目の前に「泡盛がジャージャーと出てくる蛇口」があるという居酒屋を見つけ、さっそく入ってみた。

その日は何かの調子が悪かったのか、蛇口をひねってもなかなか泡盛が出てこないのでそれを店員さんに伝えると、カラカラ(沖縄徳利)に入った泡盛をどんどん持ってきてくれる。

で結局、ものすごく飲んで、ものすごく酔った、、、階段から落ちるくらいに。笑。

泥酔一歩手前程度の酔いのせいと、階段の縁(ヘリ)で肘をぶつけたのが痛いのとで、日がなジメジメと降ったり止んだりしている雨は、ぼくにとってもやっと、どうでもよくなった。

酒の力は偉大なり。

しかし、この前の原っぱ広場といい、酒を飲むとコケて身体を痛めるのが続いている。

これが前厄のせいだとしたら、来年はこわくて酒飲めないなぁ。

などといいつつ飲むけどさ。


一日だけ、軽のレンタカーを借りて嫁さんと二人きりで那覇からコザ近辺にかけて軽くドライブした。

どこぞの住宅地を入っていったあたりにこじんまりとした町の定食屋さんを見つけたので、そこで昼ごはん。

ぼくは定番のごーやちゃんぷる。嫁さんはゆし豆腐。

ごーやちゃんぷるは、東京のどの店で注文するよりもごーやがこれでもかといわんばかりに入っていて、めちゃくちゃ美味しい。  で、安い。

嫁さんがたのんだ「ゆし豆腐」は、島豆腐の汁ものだけれど、これも素朴でものすごく美味しい。


ドライブは、続く。


普天間基地をぐるっと取り囲むフェンス。

最初にみたときのショックほどではないが、でもやっぱり何度見ても、気持がざわついてしまう。


沖縄といえば、魚のてんぷらが美味しい。

スナックみたいな感覚で、小腹が空いたときに街なかにちょこちょこあるてんぷら屋を見つけたら、車を止めて魚のてんぷらを買う。


そういえば、ブラジルのサンパウロに行ったとき、街並みを散策していて「なんだか懐かしい」と思ったのだけれど、沖縄とちょっとだけ雰囲気が似ているような気がする。

街中に、そこで暮らす老若男女が昼夜を問わず集える場所がある。

ブラジルだったら、バルとか。

沖縄だったら、街の定食屋とか。

そういう街や場所をぼくは愛している。


帰京する日の朝。

台風が過ぎ去り、ほんの一瞬だけれど、晴天の沖縄を味わうことができた。


帰りの飛行機が、そろそろ関東あたりかな、というところまでさしかかると、まどの外は完全に雲、雲、雲。

羽田に降り立つと、冷たい雨が出迎えてくれたのであった。


台風を道連れに、旅していたような気分。

2009-10-23

留守

月曜日まで、沖縄に行って来る。

売り物のCDは数枚持った。

今日明日でもし注文して下さった方がいらっしゃれば、那覇消印の郵便物を受け取ることになるだろう。

日本中をマタに掛けて商売しているみたい。

おれは寅さんか。

2009-10-22

vessel of a leaf のリリースにあたり(その4)

M-1 は、エレクトリックギターをじゃんじゃか鳴らす曲を思い描いていた。


ところで去年、念願だった GRETSCH(グレッチ)というメーカーのギターを手に入れた。

エレクトリックギターの 1 弦から 6 弦までをいっきにじゃーん、と鳴らした時、ぼくはこの GRETSCH がこの世で一番美しい音を出すと思う。

Fender というメーカーの "Telecaster"(テレキャスター)というタイプのエレクトリックギターも捨てがたいところだが、やはり GRETSCH の方が自分の好みだ。

その音を最初に聴いたときは、まるでギラついた魚の鱗のようだと思った。


さてじゃんじゃかと GRETSCH を鳴らして曲を考えているうち、エレクトリックギターがじゃんじゃかと演奏される音楽ってなぜ 4/4 拍子のものが多いのだろう、と考えるようになった。

それで、4/7 拍子と 4/6 拍子を交互にとるリズムの上で、GRETSCH をじゃんじゃかと鳴らして作った。


それが結果として、M-1 となった。

vessel of a leaf のリリースにあたり(その3)

M-4 のタイトルは「存在論」という意味。

江戸川乱歩氏の有名な「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」という言葉。

一見パラドキシカルなこの一文は、しかしながらぼくとしては言い得て妙である。


量子の世界では、光は波動でもあり粒子でもあると考えられているらしい。

光が無ければ、ぼくたちはこの世がどんなものなのかを視覚的に認識することができない。

その光は、科学というレンズを通すと、存在方法が変わって見えるという。


端的に言ってしまえば、持続音を奏でるチェロの音は波であり、ときおり不定期に音を立てるピアノは点(粒)だ。

だけど、二つのキャラクターはまったく別個であるために、たとえば光のように一つの対象物の別の側面だ、という捉え方は普通しないだろう。

乱歩のいう「うつし世」とは、ぼくにいわせればチェロとピアノの音色を同時に奏でるものらがたくさんうごめく世界だ。


ぼくたちは、視覚、聴覚、触覚などを駆使し、自分以外のなにものかの存在を認識する。

互いに互いを確認しあうことで世界が形成される。

自分以外のなにものかを認識したとき、「存在する」ということについて考えてみたくなる。


そしてできたのが M-4 だ。


よるの夢には、音楽は鳴らない。

vessel of a leaf のリリースにあたり(その2)

M-3 は、曲のタイトルが先にあった。

ゆっくり、ぐるぐるぐると永久運動しているイメージ。

リニアモーターカーにおける磁石の作用のように、ただ浮いて摩擦ゼロの世界でふわふわぐるぐると回転するもの。

なんでも回る。

血流は体中を回る。

地球は太陽の周りを回る。

電子は分子の周りを回る。

この世界は回るもので構成されている。

その回る物体を、音楽的に具現化してみたかった。

ぼくが絵描きだったら、たぶん、丸い麩のようなものを大小取り混ぜ、いろんな向きにたくさん描いただろうと思う。

だけどぼくは絵描きではないし、絵描きではないぼくが描いた丸い麩の絵をみてもたぶんぼく自身は「ぐっと」こなかっただろうと思う。


ところで、丸い麩っておでんに入れると美味しいね。

vessel of a leaf のリリースにあたり(その1)

いま思う所感や制作工程、曲解説などをちょっとずつ書いてみようと思う。


最初に出来上がったのは、M-2 であった。

この曲は、2006年にブラジルを旅し、日本に帰ってきてしばらくしてから発想した曲だ。

ブラジルの音楽を聴いて感じる「なんとなく憂う感じ」とか「躍動感」ってなんだろうと考えはじめ、あっちで買ってきた何枚かの CD をただひたすら聴いた。

そしてぼくが「ブラジル音楽のエッセンス」として想起したヴィジョンは、「水平線」であった。

左右東西まっすぐ一直線に伸びる線。

日本の福島で育ち、その後は大阪や東京でしか暮らしたことがないぼくからみて、始点終点をもたないまっすぐなただの水平線からは「不安」を感じる。

しかしながらブラジル音楽からは「不安」を感じないのだが、それはなぜかと思うに、よく吟味された 7th 系コードや、一聴するとジャストの拍ではないように聴こえる複雑なリズムなど、これまで培ってきた人間の知恵で美しくコーティングされているからではないか。

まっさらな自然界では、生き物はそれに畏怖し、ときには不安にかられることもあるだろう。

だから、人間は不安を克服するために道具を開発し、文化を育ててきた。

そうした人間臭さが、「水平線」というまっさらな自然を覆うことで、憂いや躍動を感じたのだ。

それで、ぼくはあえてブラジル風な「水平」をテーマにした曲を作ってみようと考えた。水平線ではなくて、水平。

線、というのは、音楽的にとても表現しやすい。

だから、状態を指す「水平」に言葉を換え、抽象化した。それならトライしてみる価値があろう。

初期の頃は、もっと装飾がない水平さであったのだが、そこに波打ちや月日の登り降りを付け足した末、最終的にあのような楽曲になった。

だから、いまの M-2 には、ぼくとしては「水平」のイメージはところどころしか見えない。

でも、それでいいのだ。

こんな具合に、曲のテーマを考え実際に構築していくとき、ぼくはいつでも「想像連想ごっこ」をしている。

タイトルは、そうした「ごっこ」から取った。


つづく。

2009-10-19

ふつかよい

朝から右膝上の筋肉が痛くてしょうがないのだけれど、これはきっと昨日の夜に公衆トイレの前でずっこけたときの後遺症に違いない。。

とほほ。。


もう昼過ぎだというのに、まだあたまがもうろうとしているのは昨日の酒がまだ残っているってことかしらん。。


そんなぽんこつなあたまなのだけれど、ふと思い出した。。


打ち上げが開いてテントから出てくるとき、出口付近にいらしたこの世で最高にカッコよい方から「また表現者として一緒になにかやりましょう」とおっしゃっていただいたのであった。


こんなに嬉しいことってあるかい。


あー、、、脳味噌がゆるゆるになっとるせいか、涙腺のストッパーが壊れてどうにもならない。

あほかっちゅうくらい泣く

スケジュールの都合でもう行けないかなぁ、と思っていた劇団唐組秋公演「盲導犬」。

今回はダブルキャスト。

日によって女優さんが変わるときいて、やっぱりいてもたってもいられず、ちょっと無理して昨日も観劇してきた。

いやー、こちらも、ほんとに良かった。 やっぱり観てよかった。

結局、ラストに近い某シーンでまたもや涙腺が緩んでしまうのだけれど、なんていうか、前回はじわーっと深く長くきたのが、今回はどばーっと一気にきた感じ。


打ち上げも良かった。


なんで唐組を観に来られる方々ってあんなにも面白くて素敵な人が多いのだろう。


ダブルキャストの場合、演出はやっぱり二通りあるんでしょうか、と某男優さんにうかがったところ、脚本を柱にしてあとは唐十郎さんは好きなようにやらせてくれるんだよ、とおっしゃっていた。


ああ。

その言葉を聞いて、またもや涙腺が緩む。

今度はスイッチが変に入ってしまい、タオルで顔を覆いながらわんわん泣くおれ。 あほかー

一緒に飲んでいた方々はそんなおれに苦笑しつつも、やはり某男優さんの言葉に感動されていたと思う。

みんなにこにこしてたし。



ブレない強靭さには、寛容さを孕んでいるのだなぁ。



ここしばらくいろいろ作業していたせいで、二週間ぶりくらいに酒らしい酒を飲んだ。

そのせいか、打ち上げもお開きとなり紅テントから出た時点でかなり足元が危うい。

おまけに前日、前々日とほとんど寝ていないせいもあり、目元もそうとうに怪しい。


公演のトイレで小用をすませ、さて歩き出そうかと思ったらシーソーかなにかの遊具に足を引っ掛け、あーれーとか叫びながら前倒しに地面に突っ伏すおれ。

それを高校生くらいの集団に目撃され、失笑されてしまう。


吉祥寺から歩いて帰るつもりだったのだが、こんなんじゃ無理、と思い、嫁さんに車で迎えに来てもらう。


家に着いたのは覚えているけれど、今朝起きるまでの記憶無し。

2009-10-15

音源、やっと完成。。

結果的に完成まで三年もかかってしまったのですが、やっと音源が完成。


詳細はこちら


従前、もう過ぎてしまった今年二月のぼくの誕生日にリリースするつもりでいたのだけれど、あの時点では、全体像がまだ自分でも分からなかった。 

楽曲はいろいろ揃ってはいたのだけれど。

なんだか頭のなかがもやもやして、ぼくの主体性というものが、はたしてどういう音楽を欲しているのかもつかみきれず、ちょっと苦しい時期だった。


その後、首藤幹夫さんの関係で劇団唐組の世界に初めて触れ、いろいろなきっかけがそこでどかんと花開いた。


あの圧倒的なちからで、観る者を内省の海原に投げ飛ばす舞台を見、「ぼくが主体的にものを作る」という場合の、心の持ちよう、モチベーションを、どんな風に持っていけばいいかが理解できた。

そうそう、これだったんだよ。と。

ものすごいエネルギーをいただいた。


それで、その首藤さんの写真作品をジャケットに使わせていただこうと思い、お願いしたら快く引き受けてくださった。

もほんとに大大大感謝。

ぜひ、この葉影の写真を卓上に飾って、それを眺めながら聴いていただければと思います。


当初はダウンロード販売のみにするつもりで、そのための準備を進めていたのだけれど、いろいろ考えていまの時点ではまだ物体で世に出す方が得策だと判断して方向転換しました。

その理由:

・ダウンロード販売の場合、聴いてもらえる人を限定してしまう。もともと、π が小さい(ぼくの知名度なんていったら日本国民人口の 0.00005 %くらい?多めに見積もって、、)のに、それはあまりに不利。

・パソコンや圧縮データ再生装置だけでなく、普通のオーディオ装置でも聴いてもらいたい


とはいえ、ぼく自身 iPhone で何度も確認を重ねて、楽曲のデータ圧縮、およびイヤフォンリスニング環境でも耐えるように作りました。


上記の案内ブログでは、いまのところ通信販売のみ、と謳ってますが、やがてはいずこかの店先におかせてもらったりも考えてます。


が、お店までの電車賃などを考えたら通信販売がお得ズラ(銭ゲバ?)。


ぜひぜひ宜しくお願いします。


2009-10-11

it's a beautiful day

5年ぶりくらいの朝霧ジャム。

両日とも、雨はほとんど降らず。

偉大なる富士山の麓で一日中音楽と酒の日々。


久しぶりのテント生活も、これ以上ないほどに満喫。


もほんと最高でした。

ずっとグラサンしてたので、逆パンダみたいになっちゃった。


2009-10-09

ちょいと秋休み

この夏は、親父が入院した影響で、遠出して遊びに行けずじまいであった。

今年になってこれといって「いやー遊んだなぁ」という時間の過ごし方、してないや。

ちょうどいま、諸々のことが一段落したし、明日から心置きなく朝霧ジャムで遊んできます。

がぶがぶ飲んで音楽にひたって、心の洗濯してくるのだ。

そういう訳で、まる二日、音信不通になります。

たった二日だけどね。

2009-10-04

掛け値無しに素晴らしい


唐組秋公演「盲導犬」@吉祥寺・三鷹の森、原っぱ広場

善き脚本(ほん)があり、善き演出のもとに良い俳優がただただ演じる、という、ほんとにそれだけのシンプルなことなんだが、それがどれだけスゴいことかというのを、昨日の唐組公演を観ていてものすごーくよく判った。

台詞や演出、大道具、小道具、それら全てが織りなす、構造の妙。

ぼくはただただ驚嘆し、興奮し、最後はやはり、感極まって泣いていた。

やられた。まじやられた。


唐組の芝居を観ていると、自分がこれまでにいろいろ悩んだりしていたことに準えて、ものすごい大きな勇気をもらう。

なんなんだろう、この愛は。



開演前、ふと見上げると中秋の名月。

とても、感慨深い一日。



2009-10-01

11月、幻燈上映会ツアーのお知らせ

写真家・首藤幹夫氏の幻燈上映会で、なんとなんと 11 月にツアーに出ます。

こういうツアーをず〜っとしたかったので、夢が叶った、という感じです。。

『幻燈写真ツアー(Photographic Magic Lantern Tour)』

東京/下北沢LA CAMERA(世田谷区代沢4-44-12茶沢通りビル2F)電話03-3413-9422
大阪/大阪造形センター(大阪市北区鶴野町1-1)電話06-6372-9781
http://www.ozczokei.com/

11月14日(土)15日(日)―下北沢
14日/18時半開場19時開演
15日/16時半開場17時開演
料金:1500円

11月20日(金)21日(土)―大阪
両日18時開場19時開演
料金:2000円(1ドリンク付き)

幻燈/首藤幹夫
音楽/シューヘイ


是非ぜひ、お越し下さい。

調布、雑司ヶ谷