2025-11-03
藤沢
朝、シリアルで朝餉。
午前、かかりつけの動物病院に電話。なんと朝イチの枠で診てもらえることになり、茶助を車に乗せてさっそく向かってみる。尿検査の結果、やっぱり膀胱炎に罹っていた。消炎剤と抗生剤を処方してもらい、いったん家に戻ってさっそく薬を飲ませる。これで落ち着いてくれるといいのだけれども。。
昼前、車に乗り込み、中央道〜圏央道〜国道1号のコースで藤沢を目指す。
午後、鶴山欣也さんの墓参り。
毎年、鶴さんの命日って晴れるんだよなぁ。。今年もやっぱり良い天気。合同墓地の前でお花を供え、線香を焚いて手を合わせ、駐車場に戻ろうと外に出た瞬間、狐の嫁入り。いま俺が立っているところだけ雨雲が浮いていて、その周辺は綺麗に晴れ渡っている。まるで鶴さんが泣いているかのような。。いや、泣いているのは俺か。もう5年も経つのに、まだ、寂しいよ。鶴さん。。
夕方、調布に戻る。自宅近くのガススタンドで洗車をして、帰宅。茶助は、薬が効いたか、すっかり落ち着いている様子。まだ安心はできないけれども、ひとまずは安心。
夜、茶助に薬を飲ませ、日が変わる手前に蒲団に倒れ込んで気絶。
2024-11-03
湘南台
朝、サラダ、サッポロ一番塩ラーメン、目玉焼き、納豆、バナナで朝餉。
午前、湘南台を目指して車で出発。秋晴れの気持ちよい空の下、一般道を使ってのんびりとプチドライブ。
昼、大庭台墓園到着。鶴山欣也さんの命日に、墓参り。
今年もきたよ、鶴さん。
墓参を終えて帰り道、お墓があるから墓参りに来れるが、お墓がなかったらどうだったろう、などと考える。俺は、墓には入りたくないので、死んだら散骨してもらいたい。
午後、帰宅。
夕方、嫁さんと車で狛江の「丸亀製麺」へ。カレーうどん、天ぷらで夕餉。
揚げ物を多く摂りすぎた。腹いっぱいな上、軽く胸焼け。
夜、家に戻り、アマプラで海外ドラマを見て過ごす。
腹が膨れて猛烈に眠い。早めに就寝。
2023-11-03
藤沢、狛江
作業部屋で、まずは鳥山組台本の下準備を済ませてしまう。元となるテキストデータを、Adobe InDesign に流し込める状態に仕上げる。
朝、サラダ、青のりとゴマ入りの卵焼き、インスタントの味噌汁、納豆で朝餉。
午前、東京造形大学影絵公演の音を、ほぼ全面的に作り替え。この修正路線でうまくいくと良いのだけれども。。
昼、近所のマックで買ってきたハンバーガーで昼餉。今日は、ポテトフライは無し。
午後、チャリで狛江駅まで移動し、小田急線に乗って藤沢に向かい、東海道線に乗り換えて辻堂で降り、カナチューバスに乗って大庭台墓園へ。
鶴山欣也さんの墓前に花を手向け、線香をあげて手を合わせる。鶴さんがあっちに行って、もう三年もの月日が過ぎた。鶴さんとお別れした後の日々は、まるまるコロナ禍の時期と重なる。なんとも言いがたい、この三年間・・・。コロナが明けたいま、やっぱり、鶴さんが居ないと、俺は寂しいよ。
再びカナチューバスに乗って湘南台駅に向かい、駅近くのローソンのイート・インコーナーで一休みしている最中、明日から開催する影絵公演の修正版台本がメールで届いた。今朝の修正作業で概ねカバーしたかな、と思っていたのだが、修正版台本を読んでみるとまだ作業が足りないことが判明。
夕方、狛江駅に戻り、駅近くの「ぼっけもん」で、ぼっけもんニンニクラーメンの5辛と鉄板ご飯で夕餉。
数年ぶりのぼっけもん。あいかわらず独自路線を貫く独特なラーメン。美味。
夜、帰宅。シャワーを浴び、さっそく影絵公演の音の追加作業。
録画しておいた「明鏡止水」をちょっとだけ見て、早めに就寝。
2022-11-17
グリーンカレー、羊
朝、起床。ハバネロ入りのやや辛スパイシー野菜カレースープで朝餉を摂り、風呂に入って身支度をさっと済ませ、太鼓を携えて電車で笹塚へ。
昼、仕事場近くの JICA 食堂で、グリーンカレーセットで昼餉。
いつもここの食事は薄味だと思っていたが、今日のグリーンカレーはちょっと塩っぱいと思うくらいの味付け。ご飯と一緒に食べるのでこのくらいでちょうど良い。
夕方、幡ヶ谷駅近くのバス停から都バスに乗り、阿佐ヶ谷へ。さっそくサイゼリヤに入り、アロスティチーニ、サラダ、赤ワインで早めの夕餉。
今日は赤ワイン効果、てきめん。よしよし。。
食後、ギャラリー白線へ。板垣あすかさん、ジョーダン・スコットさんらと、ビルギットの「鶴山欣也追悼展」クロージング・パフォーマンス。あすかちゃんもスコットも、2017年に鶴さんも一緒だった公演以来。人と人の不思議な輪が巡り巡って、この日のパフォーマンスが実現できることになった。ご尽力いただいた皆さんには深く感謝。
スコットはフルートと韓国のダブルリード楽器「ピリ」、俺は持参した太鼓や鳴り物類と、慎次郎君にお借りしたカホンで、あすかちゃんの踊りと共に、良い時間を作れたと思う。
今回のビルギット展では、晩年の鶴さんと一緒に遊んでいた人々の多くがギャラリー白線に足を運んでくれたと思う。鶴さんが、会いたかった人達を自分で呼んだ、とも言えなくもない。。笑。。まぁ、よかったよ、鶴さん。よかったでしょ?ね。俺たちはまだもうちょっと、こっちで遊び続けるよ。
終演後、ご来場くださった方々とあれこれ四方山話をして、最後にビルギットにお礼と再会の約束を交わし、家路に就く。
帰宅して、さて寝ようかと思ったら左手の親指が内出血して変色していた。冷静になってみると、結構痛い。。。苦笑。カホンを、結構むちゃくちゃ叩いたような気がするが、もう覚えていない。
2022-11-13
再び阿佐ヶ谷、寿司
朝、結局二度寝してからの起床。レトルトの鮭粥、ベーコンエッグ、春雨スープで朝餉。
午前、風呂に入り、そのまま風呂掃除を済ませ、髪を乾かして部屋の掃除まで一気に片付ける。
昼、車で鈴木モモさん宅へ。本人を拾い、阿佐ヶ谷へ移動。
午後、ギャラリー白線到着。ビルギット、オーナーの慎次郎君らに昨日のお礼を伝え、自分の機材を回収。今晩、白線でストリングラフィのパフォーマンスをやる鈴木モモさんを残して、家路に就く。
夕方、いったん家に戻り、嫁さんと近所の 27-Tuna- へ。寿司セットなどを購入し、帰りにコンビニで缶チューハイなどを買い、帰宅。
大相撲中継を見ながら、寿司を肴に缶チューハイで晩酌開始。飲む気満々で缶チューハイ2本買っておいたけど、1本を飲み切らないうちに電池切れになってしまった。
相撲中継が終わらないうちに、早々に布団に潜り込んで爆睡。
2022-11-12
阿佐ヶ谷
朝、レトルトの梅粥、豆腐サラダ、春雨スープで朝餉。梅粥も、西友ブランドのがいちばん美味。梅の味が決め手。
午前、マンションの理事会に参加。この会合も、のこすところ、あと2回。早いなぁ。。。
午後、ミニアンプなどを詰め込んでずっしりと重いリュックを背負い、ベースを肩に担ぎ、電車で阿佐ヶ谷へ。サイゼリヤに入り、アロスティチーニ、サラダで腹ごしらえしつつ、赤ワイン。しかし、飲んでも飲んでも、いつもの「脳が活性化」する気配が起こらず。困った。
ギャラリー白線へ。楽器のセッティングや来場者のための準備をしつつ、ひとりまたひとりと集ってくれた方々と四方山話。
夕方、「Poetry reading from 西に向かう」開幕。全部で16名の方々に、「西に向かう」の中からそれぞれ好きな作品を読んでいただいた。JET POET の演奏陣だけでなく、ノブナガ・ケンさん、白線の慎次郎君、ストリングラフィの鈴木モモさんも演奏に加わってくれて、賑やかで優しい時間を過ごす。
夜、閉幕後、ギャラリーの中でも外でも、来場者どうしの話が尽きない様子。みんな鶴さんに逢いたくてきてくれたんだね。あちこちで話に花が咲いている光景を見て、そう思った。
今日のイベントは、ビルギットが再び白線に帰ってくることが判って以降、やらずにはいられない、と、さすがに俺も思った。流れのままに動いていたら、結果的に進行役までやってしまっていたのだけれど、全てが終わった後になっても、なんだか気分がまったく晴れない。いつもの、ライブが終わって「よし飲むぞ」、という気分にもなれない。イベントが始まる直前、単なる俺の早とちりのせいで、グループLINE上で志賀さんに文句を言ってしまう過ちを犯したり(もちろん、ご本人に対面で謝りました)、ちまたでは再び感染者が増えつつある中での開催なので、少なからず緊張感はあったりしたが、それやこれやはまったく関係がない。
要するに、鶴さんの追悼のイベントなんて、ほんとうはやりたくないのだ。2年も経つというのに、俺はまだ喪中だった。葬儀に行ったし、墓参りにも行っているのに、ちゃんと鶴さんにさようなら、って気持ちを持てないまま、今日を迎えてしまったのだ。イベントを終えてみてやっと、そのことを理解した。ならば、俺にとっての今日という1日で、長かった「喪」が明けるのだ。というか、明けないといけない。
機材などは明日車で取りに来ることにして、身軽な状態で帰宅。とはいえ、さすがに身体は疲れまくっていた。布団に倒れ込んで、疲労感の向こうからやってくる眠気を待つ。
2022-11-05
阿佐ヶ谷
朝、起床。ひさしぶりにぐっすりと寝て、身体が軽い。サラダ、レトルトの卵粥、ベーコンエッグで朝餉。
昼過ぎ、ギター用のソフトケースに納めたマイクスタンドやケーブルを背負って、チャリで阿佐ヶ谷へ。登り坂はさすがにチャリを押して歩く。。
午後、阿佐ヶ谷ギャラリー白線に到着。
ビルギット、すでに打ち合わせを始めていた雫境さん、morioくん、ko.do.naくんらにご挨拶後、ギャラリーオーナーの慎次郎君が設営作業しているのを少しだけお手伝い。
夕方、雫境さんらのパフォーマンスを、会場外から観る。
店内に入りきらない人も何名かいたくらい、盛況。パフォーマンスも、とても素晴らしかった。雫境さんの踊りに、鶴さんへのオマージュを感じる。鶴さんがいなくなっても、こうして継承されていく「なにか」を観ることができた。
終演後、白線から TABASA に会場を移動。ビールを飲みつつ、久しぶりにお会いしたノブナガケンさん、ビルギットが滞在しているAirBnBホストさんらとあれこれ四方山話。やがて、ビルギットの映像作品の上映会が始まり、前半の第一部を見終え、後半第二部が始まったあたりで会場を後にする。
阿佐ヶ谷から調布を目指してチャリを漕ぐ。重かった荷物は白線に置いてきてあるので、帰り道は楽勝。
夜、帰宅。布団に横になり、日が変わる手前に就寝。
2022-11-03
阿佐ヶ谷、湘南台
朝、起床。今日納品する鶴さんの詩集を梱包したあと、激辛スパイスカレー野菜スープで朝餉。
昼、鶴さんの詩集などを車に積み、阿佐ヶ谷へ。予め AKIPPA で予約しておいた駐車場に車を停め、ギャラリー白線へ。あいにくオーナーの慎次郎君は不在であったが、4年ぶりにビルギットと再会を果たす。お互いに元気でよかった。なんやかやと四方山話。AKIPPA 駐車場は 14:00 までしか予約しておらず、ぎりぎりまで待ったがついぞ慎次郎君は現れず。さすが芸大出身。詩集が入った段ボールをを白線に置いて、ビルギットにまた数日後にね、と挨拶をし、白線を後にする。
午後、再び車に乗り込み、湘南台を目指す。
夕方、大庭台墓園到着。
墓前に、ビルギット展のチラシと、以前 Jet Poet のときにジュテーム北村さんからいただいた GITANES を捧げ、家から持参したお線香を焚いて手を合わせる。
ほんとはタバコに火を点けて線香と一緒においてやりたいのだけれど、合同墓石なので他にも墓参者が居て、それはやめた。
夜、いったん帰宅し、嫁さんを車に乗せて柴崎のバーガーキングへ。ワッパーセット、追加オーダーのシーザーサラダで夕餉。バーキンのハンバーガーは、食事としてそれなりに成立してると思う。
家に戻り、風呂に入って頸椎マッサージをやって早めに就寝。
2021-12-03
湘南台
朝、車で一路、藤沢市に向かう。めちゃくちゃ気持ちのよい冬晴れの下、中央高速〜圏央道と経由して湘南台で高速を降り、下道を走ること10分ほどで大庭台霊園に到着。
霊園内の斎場で買った供花やお線香と一緒に、タバコに火を点けてお供え。死ぬほど飲んだのだから酒はもういいよね、鶴さん。
霊園から20分ほどの湘南台駅付近まで移動してコインパーキングに車を停め、駅周辺をしばし散策。鶴さん、毎月ここから高田馬場まで通っていたんだ。お昼に近い時間だけどそれほど人通りが多いわけでもなく、いかにもベッドタウン然とした街の風情。チェーン店じゃない系のお店もいろいろあるし、住みやすそうなエリア。
昼前、藤沢市民総合図書館に行ってみる。が、しばらくのあいだ館内工事につき休館、とある。。
うーん。調べてから来ればよかった。
昼、図書館からほど近いところにある鶴さんがよく通っていた「中華三番」で、タンメンで昼餉。
タンメンは、これぞ、という味。麺はコシがありスープは鶏ガラベースの上品な味でとても美味。家の近くにこういう店があったら週に何度でも通う。
三番は、鶴さんが生前に地元ライブを開催していたお店。店内の壁中には、主に米国産ブルース系のCDやこのお店で開催されたライブのフライヤーが隙間なく飾ってある。ライブが見れる街中華って素敵。
食後、会計を済ませたあと、鶴さんの葬儀で初めてお会いして以来のお店の方に、軽くご挨拶だけさせていただく。
お店を出て、再び藤沢市民総合図書館へ。通用口から館内を覗ってみたら、休館とはいえ何人かの職員がいらっしゃるので、目が合った方に窓越しから、すみません、というジェスチャーをすると話を聞きに来てくれた。よかった。結果、担当者の方に繋いでくれて、無事に「西に向かう 鶴山欣也詩集」を寄贈させていただくことができた。館内の「市民文庫コーナー」に置いて頂けるとのこと。
午後、下道を使って調布を目指す。久しぶりによみうりランドの前を通ったが、しばらく来ないうちに周辺の山が消えて無くなっていた。。たぶん分譲住宅やマンションを建てるためだろうと思うが、山をまるまる削り取るって凄いこと。人間の業の深さよ。
家に戻り、Netflixで「悪霊狩猟団:カウンターズ」全16話を見終える。見ている内に「ジュブナイル」という言葉を思い出した。かつて、眉村卓や福島正実のラジオドラマを聴いていた頃が懐かしい。
夜、嫁さんが作ってくれた手羽元入りの野菜スープで夕餉。
録画しておいた「ソル薬局の息子たち」を見て就寝。
2021-12-01
赤坂、永田町、銀座
朝、テレワークで仕事開始。
昼、電車で赤坂へ。一ツ木通り界隈をうろうろ物色して歩き回り、結局「希須林 担々麺屋」に入って排骨担々麺で昼餉。
排骨自体がうっすらカレーの風味が効いていて美味。ちょっと固めでコシのある細めの麺が、クリーミーなスープとよく合う。良いお店を見つけた。
食後、腹一杯の状態で永田町を目指して歩く。日枝神社横の、勾配がかなりきつい坂を歩いて登るうち、運動不足が祟り途中で息も絶え絶えになってしまった。。自民党本部を越えてようやく国立国会図書館に到着。
西通用口から入り、納本窓口で鶴山欣也さんの詩集を納本させていただく。
国会議事堂前駅から有楽町線に乗って銀座に移動し、三越へ。
いわゆるデパ地下の催し物コーナーで鶴串が出店しているというので見に行ってみたが、社長は不在であった。結局何も買わずに調布に戻る。
夕方、いったん家に戻り、車でいつものガソリンスタンドに向かい、洗車してもらう。ずっと薄汚れていたので、愛車にはほんとに申し訳なかった。ぴっかぴかにしてもらい、帰宅。
夜、スーパーで買ってきた惣菜だけで夕餉。超手抜き。
昼間の運動が効いて、身体中に疲労感がある。早めに就寝。
2021-11-03
一周忌
朝、コンソメ風味野菜炒め、トースト、コーヒーで朝餉。
午前、BASE で売れた分を発送する手順について、いちいち確認しながら整える。お金をいただいての作業なので、慎重に。
今日は、鶴山欣也さんの一周忌。一年経っても、鶴さんともう会えないことがまだ信じられない。
昼、宅配ピザで昼餉。
午後、ちょくちょく詩集購入の通知が来るので、その都度、発送の手配を済ますうちに、だんだんと要領が判ってきた。
夕方、Netflixで「僕のヒーローアカデミア」を見て過ごす。ようやく、シーズン5に突入。ここにきて、見ていてホロっ、とさせられること、しばしば。
夜、まるでお寺の住職みたいな風貌の鳥山さんとテレビ電話であれこれ四方山話。猫たちに薬を飲ませ、「恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール」を追いかけ再生で見て就寝。
2021-11-02
野菜スープ
朝、インスタントの味噌汁、冷凍保存しておいた銀シャリ、レトルトの鯖味噌、サラダ、にんにくのキムチで朝餉。なにひとつ調理せず。食後、テレワークで仕事開始。
日中、鶴さん詩集宣伝アカウントで、ありとあらゆる人をフォローして回る。使用する目的が決まっているアカウントなので、フォローする人やRTするつぶやきなど、迷わなくて済むのが良い。本来、Twitterとはこういう使い方をするものなのかもしれない。
午後、仕事終わりにスーパーまで買い出しに出かけ、戻ってすぐに晩の支度。
夕方、久しぶりのスープカレー風野菜スープで夕餉。寸胴鍋で大量に作った「味付けしていないオリジナルの野菜スープ」はあと二日分はある。
夜、録画しておいた映画を見て、日が変わるのを待つ。日が変わり、BASE で鶴さんの詩集が販売開始になったのを確認して、就寝。
2021-10-30
代々木公園、ぶっとん
朝、コンソメ風味の野菜炒めカシューナッツ入り、トースト、コーヒーで朝餉。食後、太鼓を携えてチャリで調布駅に向かう。京王線で笹塚駅まで移動し、歩いて代々木公園へ。
午前、北川くんと合流し、イラン音楽の練習。北川くんとは一年ぶりに会う。俺のブランクが大きいなぁ。。とはいえ、気持ちよく晴れた公園の芝生の上で、とても楽しい時間を過ごす。
昼過ぎ、歩いて笹塚まで戻り、京王線で調布へ。駅近くの「ぶっとん」で、プチラーメン野菜マシマシで遅めの昼餉。
今日は12,000歩は歩いたので、このくらいはいいのだ。
午後、家に戻り、録画しておいた「おかえりモネ」最終週分を一気見。あれから10年経って、こういうドラマが作られるようになったことに、感慨深い。良いドラマでした。
夜、鶴さんプロジェクトの詩集を販売するサイトの準備が整ったので、公開。発売は鶴さんの命日である 11/3 から開始します。
気持ちよく疲れた1日。早い時間に就寝。
2020-11-05
辻堂
昼、バスケットに入れた茶助を抱え、チャリでかかりつけの病院へ。先日処方された抗生物質はどうやら茶助の症状に合っていなかったようで、残った数日分を病院に返却。ここ数日まともにご飯を食べていないので、皮下点滴、栄養剤と抗生剤の注射をそれぞれ一本ずつ。これで良くなってくれればいいのだけれど。
午後、喪服に着替え、チャリで狛江へ。小田急線の藤沢で東海道線に乗り換えて辻堂で降り、歩いて和田湘南斎場へ。
会場に入ると、場内スピーカーからなにやら不穏な音が。。ほどなく、鶴さんが踊った時に使われた音だとわかった。棺の前で手を合わせ、眠っている鶴さんを見た瞬間に、この数日のあいだに溜め込んでいた感情が一気に溢れ、声をだして嗚咽した。
夕方、鶴さん、鶴山欣也氏の通夜。御焼香を済ませ、ロビーに向かおうとしていると、Jet Poet の面々や、原宿時代によくご一緒していた方々、鶴さんの舞踏の現場で一緒だった連中など、気がついたら顔馴染みが勢揃いしていた。思えば、鶴さんを介してとても多くの方々と交わった。人が大好きだった鶴さんには、ほんとに面白い人々が集まってきていた。鶴さんみたいなひとには、もう二度と出会えないと思う。
式の後、面談の列に並び、明日には荼毘に伏される鶴さんと、これで本当に最後のお別れを。Jet Poet の終演後、毎回のように鶴さんから「いつもありがとうな」と握手を求められていた。俺の方こそ、だったんだよ、鶴さん。ありがとう、鶴さん。またね。
夜、狛江に戻り、ぼっけもんに入ってニンニクラーメンで遅めの夕餉。
調布駅前の西友に寄って買い物をして、帰宅。さっと風呂に入り、缶チューハイで献杯し、就寝。
2020-11-03
鶴さん、六本木
朝、起きてメールを開いたら、平島聡さんから「鶴さん、やはり深夜に旅立ってしまった」との連絡あり。。。鶴さん。。
2017年8月、太鼓を持ってふらっと西早稲田 Jet Robot に向かった。それより遡ること2006年頃、Jet Robot がまだ原宿にあった頃、縁あって鶴さん主宰のインプロセッションに参加しはじめて、しばらくは毎月開催される同イベントに通っていたのだけれど、ほどなく、足が遠のいてしまった。それから何年も経って西早稲田に行った時、鶴さんに「おまえ、みたことあるけど誰だっけ?」と訊かれた。あ、シューヘイです。原宿で昔お世話になってました。というと、「おー、なんだおまえ、急にどうした?」というので、最近はずっと太鼓やっていて、Jet Poet に混ぜてもらえないかなーと思って。というと、ちょうどそれまで太鼓でレギュラー参加していたノブナガケンさんが辞めるタイミングだったこともあり、「おまえ来月からずっと来いよ」と誘ってもらったのだった。。
その、数年ぶりに参加した詩の朗読と即興演奏のセッション。俺が太鼓を叩いている最中に鶴さんから圧のあるダメが、静かに入った。客席の、一番奥で見ていた鶴さんの口元から、「プス、プス、プス、、、」と零れるようなシグナルが鳴った。出た。。。これがアングラで鍛えられた人間なりの、ダメ出し。音と音の隙間に、微かに刻まれる「プス、プス、プス、、、」は、耳に神経を集中させている奏者には歴とした異物として際立つ音。終演後、鶴さんに「俺があそこでダメだしたの、なんでかわかるか?」と訊かれ、「俺が too much だったんだよね」と答えると、鶴さんは満足そうに、でも、残念そうに、「民族音楽系の楽器やってる連中は、だいたいみんな『やり過ぎる』んだよ。おれは、それが言いたかった」と言った。俺は、それからはさらに「気配」を演ろうと心に決めたんだった。
2018年になり、鶴さんが踊る現場でも何度か誘ってもらった。おれは、plan-B のお手伝いをしていた頃、泯さんから「舞踏(BUTOH)とか言ってるやつらなんてダメだ」とかなんとか、洗脳をずっと受けていたこともあって(苦笑)、しかも泯さんとは超犬猿の中だという麿さんのお弟子さんである鶴さんと、まさに舞踏のライブをやるなんて!と、それだけでもう、なんだかかなり、嬉しかったのだ。
俺が、裏方として芝居の座組に参加している期間中、いちどだけ Jet Poet をお休みしたことがあった。ところが、稽古を終えて JR目白から山手線に乗ったら、次の高田馬場で同じ車両に鶴さんが乗ってきたのにはお互いに大笑いした。鶴さん、「おまえ、頑張ってんなー」とかなんとか、車内のベンチシートでめっちゃ酒くさい息を吹きかけながら、げらげら笑いながら絡んできた。あの時は、嬉しかったけど、正直ちょっと迷惑だったよ。。苦笑。。。
あるとき、鶴さんから、「おまえ、なんでまた Jet に戻ることにしたんだ?」と訊かれたことがあった。「なんで?」。それ、ものすごく長い話でもあるし、簡単な話でもある。でも、鶴さんなら、この一言でわかってくれるかな、と思って、「plan-B 時代に、泯さんにいじめられたのが悔しかったから」と答えた。鶴さん、苦笑しながら、俺が言いたかったこと、たぶん分かってくれたと思う。「おれたち、ああいう怖いひとたちに育ててもらって、いまこうして遊んでられるんだよな」とかなんとか、そんな風のことを鶴さんは返してくれた、と記憶している。
今年の4月28日、急に鶴さんから電話をもらった。コロナで Jet Poet を中断している最中のこと。これからどうしたらいいんだろう、どうすべきなんだろう、とか、でも、いつか必ず、完全ではないにせよ、限りなく元に近い状態にはなると思うよ、とか、そんなことを話したと思う。でも、そんなことより、鶴さんから電話をもらった、ってことが嬉しかった。ほんとうに。なぜなら、鶴さんも俺もお互いにシャイで、サシで電話するなんてちょっと考えられないことだったから。でも、鶴さんなりの愛情があって、おれのことを気にしてくれて、話なんかどうでもよくて、ただ電話をしてくれたんだと思う。
そう、鶴山欣也というひとは、とてつもなくシャイで、とてつもなく優しくて、とてつもなく悪戯っこで、とてつもなく表現に対して厳しくて、なにより、とてもつもなく周囲の人間に愛されていたひとだった。「だった」なんて、過去形でなんて、書きたくないよ、鶴さん。また Jet Poet で遊びたいよ。寂しい。ほんとに、寂しい。
午後、電車で京王線〜井の頭線と乗り継ぎ、神泉駅で降りて246〜六本木通りを歩いてストライプハウスギャラリーへ。青城さんの個展「あのころみえな
かったそれはいまもみることができない」に伺う。青城さんの造形は、舞踏家の身体にインスピレーションを受けて造られたものであった。作品のひとつひとつに目を移すたび、つい、鶴さんのことを思ってしまう。あとから来場された初老のお客さんが青城さんと話し始めたので、テラスに出てタバコを吸っていたら初老の客人もタバコを取り出しながらやってきた。お互いに自己紹介をしたら、かの方はジャズボーカリストをされている方だった。そこから一気に話が盛り上がり、日本でのジャズ黎明期の話題から学生運動や自民党の話になり、果ては六本木〜麻布界隈の風水や地脈の話までぶっとび、二時間くらい喋り続けていた。笑いながら話を聞いているうち、気分はかなり、ほぐれた。ありがたい。助かる。
夕方、帰宅。リビングは、嫁さんが嵐のオンラインコンサートを見るためロックアウトされている。俺は作業部屋にこもり、鶴さんのことをあれこれ思い出した。鶴さんが湘南台でやっていたホルモン焼店は、けっきょく行く前になくなってしまった。鶴さんを誘って入魂のライブをやろうと画策していたのも、消えてなくなってしまった。同じひとを相手に、「やらなかった」ことで後悔する、ってことを2つも抱えてしまうなんて、ぜったいおかしい。おれは、なにかを間違えてしまっている。でも、反省しても、何も始まらない。
俺は長男だけども、もし俺に兄貴がいたとしたら、鶴さんだったのかな。
夜、缶チューハイを飲みながら、ネットに流れ始めた鶴さんの訃報を追いかける。そんなこと、何の意味もないのは分かっているのだけれど。
2020-11-02
鶴さん
昼、「ぶぶか」のカップ麺で昼餉。昼に摂るにはちょっとカロリー高め。
昼過ぎ、猫たちにご飯を与えるが、茶助はカリカリを与えるとやっぱり食べてくれない。
夕方、宅配ピザで夕餉。今日一日ほとんど動いていないのに、カロリー摂りすぎ。
夜、唐突に、鶴山欣也さんの訃報が入る。え!?と思い、Facebookに久しぶりにアカウントを作り、記事を見つける。どうやら、ほんとうの話みたい。いっきに力が抜ける。
・・・ところが、ほどなくして、情報の発信者本人が、訃報は誤報だった、と自らフォローアップしていた。。。。とりあえず、よかった。ほんとに。
焦ったよ、鶴さん。


