2012-10-30

自分のことを説明するのが難しい

公園とか河原の土手なんかでフレームドラムの練習をしていると、興味を持ったひとからよく声をかけられる。

でいろいろ訊かれるのだが、「なんでその楽器を始めたの?」という質問が、一番答えにくい。

一言で言ってしまえば「面白そうだから」、ではあるのだけれど、それはものすごくいろんなことを端折った結果なので、話の始点から毎回考えてしまうぼくにとってはそのひとことが咄嗟に出てこない。


それは、去年の地震のあとのある日、急に「丸い形をした楽器を触ってみたい」と思ったのがきっかけだった。

なんで「丸い楽器」なのか、それはいまでもよくわからない。

たぶん、形が一番美しいから、とか、月のようだから、とか、後付けでなんとでも理由はつけられるけれども、そのときの、ひらめきの瞬間の気持ちはいまもってうまく説明できない。


結果的に、木でできた枠に皮を張っただけの、このとてもシンプルな「フレームドラム」という楽器に出会い、それ以来ほかのことはすっかりほったらかしてこればかり練習するようになってしまった。


言葉が巧みなひとだったら、自分の内面の説明をもっと上手にできるのだろうに。






2012-10-29

夢日記

アフリカで制作されたドキュメンタリー番組を観ている。


どこかの種族の族長が、二人の幼い息子を連れて吹雪の中を徒歩で移動している。


「吹雪」が、「猛吹雪」に変わったとき、族長に手を引かれ歩いていた小さい方の息子の体力が尽き、雪中に倒れ込んでしまう。


族長は、小さい息子ののど笛を、ナイフのような鋭利な刃物で切り裂いてしまう。

吹雪の中を、血しぶきが噴水のようにあがる。


やや先を歩いていた大きい方の息子は、後ろを振り返るとたったいま弟の身に起こったことを知り絶叫している。


族長は、大きい方の息子にナイフのような刃物を持たせ、血しぶきをあげている小さい方の息子めがけて大きい息子の身体ごとを投げつける。

大きい息子が持たされた刃物は、小さい方の息子のどこかに突き刺さったらしく、最初につけられた傷からの血しぶきの勢いが、徐々に弱まる。


族長は、小さい方の息子の傍らに跪き、血を噴き出している口に自分の人差し指を差し込み、小さい方の息子の血の味を確かめるように、自らの口に運び、じっと小さい方の息子の顔を見つめている。


テレビの画面に、次のようなテロップが映る。

Nja Con Con
(やがて、息は静かになった)


猛吹雪の中、族長とその幼い息子の大きい方の二人は、呆然と立ち尽くしながら、亡骸を見下ろしている。

調布、雑司ヶ谷