僕の気質として、薮から棒にひとから「やれ」と言われたことは、ほぼ確実に「やらない」。
自分で率先してやってみたいことしか、やりたくない。
やれ、と言われたことを粛々とこなすことができるひとをプロと呼ぶのなら、ぼくはプロじゃなくてもいいや。
頭の中が、妄想でぐるぐるし始めた。
5、6年前よりは、肩の力を抜いてやれそう。
肩の力を抜く、って、合気道ではとても大事。
何事も底辺では繋がっているのだからして、たぶんこの妄想も合気道と同じように「肩の脱力」が大事になると思う。
妄想できる余地が多少なりともあるのなら、それはどんなことでも率先してやる。
妄想できる余地がまったくないのなら、そんなものはやる価値がないと言っていい。
一番望ましいのは、自然発生的に妄想が沸き起こり、それをどうやって具現化するかをまたさらに妄想で攪拌して、あとは着地点を定めそこに向かって爆進できることだ。
いま、それが起こりつつある。
春頃だ。
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