2010-04-29

知らないことがまだまだ多い

いままで何気なく聴いていた楽曲の作曲者が、えーーー、あの人だったの!

とか、

芝居の中で登場するあるキーワードが、判っていそうで実はよく判っていなかった

とか。


とにかく、この世はまだまだ知らないコトの方が圧倒的に多い。


すっぽりとオフの時間ができたので、こういうときに補うのであった。


2010-04-26

幻燈写真ツアー(Photographic Magic Lantern Tour) Vol.2 無事終了




大阪でお世話になった E氏、OZCの皆様、そしてご来場いただいた皆様方、有難うございました。

首藤さんの幻燈ライブはこれまで何度かご一緒させていただいているのだが、今回ほどショーアップした感じの実演は初めて。

一体なにをショーアップしたのかというと、それは取りも直さず「幻燈写真」そのものな訳だが、やはりスクリーンに映し出されるのが「劇団唐組」となると、首藤さんをはじめ我々の表現が逐次変化するのは、これは自然な成り行きか。

ぼくにとって一番大きな変化だったのは、二日目に一曲だけ、客席のうしろからステージに移動して演奏(と歌唱を)したこと。


幻燈写真ライブの時は通常、ぼくは客席の後ろで演奏するようにしているのだが、これはお客さんには幻燈写真にのみ、注目してもらいたいためだ。

このことは僕にとって「こだわり」と言ってもいいくらい大事なことで、それもこれも 20 年まえにやっていた Proto-Air というバンド時代に感じていたディレンマがあったからこそだと思う。

知らない人ばっかりと思うのでちょっと説明すると、当時、アインシュタインとかウゴウゴルーガっていうテレビ番組で CG を作っていた秋元きつねとそんな名前のバンドをやってたんです。秋元は歌とベースと映像、あと木魚などで活動しているはっちゃきどんがドラム、でぼくがギターと歌、っていうトリオ編成。

当時、秋元は Amiga というメーカーのコンピュータ上で作った CG と、やはりコンピュータで作った音楽データとを MIDI という規格で同期させ、我々が演奏している背後にかけたスクリーンに映写していたのです。

いまでいう VJ のハシリだったわけだけど、リズムや歌詞に完全にシンクロした CG がぐるんぐるんぴょこぴょこ動くわけだから、お客さんからしたら演奏見てるよりも映像見てる方が面白いわけ。

なので、あのときは必要以上にステージアクションが派手だったように思う。CG なぞに負けるかと。若かったし。


いまから数年前に初めて首藤さんとの幻燈写真ライブをやらせていただいた時は、ぼくはスクリーンの横で、椅子に座って静かに演奏していた。

ところが、この時はバンド時代とは逆の印象を受けたんだな。

ぼくとしては、幻燈写真の、あの素敵な映像にのみ、注視してほしいのだけれど、どうしてもお客さんの視線がちらちらとぼくの方に動く。 どんなに目立たないように演奏しようとしても。

これはイカン、と、それから僕は客席の後ろで演奏するようにしたのだった。

こうした変更は大正解で、その後上演した幻燈写真の摩訶不思議ワールドに一役買っていた。(と、思う)

一日目の夕坂童子は、ぼくは後ろで演奏し歌ったのだが、ところがこれは不評を買ってしまう(苦笑)。

シューヘイくん、あれは前に出なあかんわ、と。

そこでフレキシブルな我々のこと、とある演出をもろもろ追加・変更しつつ、先にも書いたように二日目は前に出させていただいた。

会場には二日間通して御覧いただけたお客さんもいらしたのだが、いつも言うように、幻燈写真ライブは同じタイトルだとしても同じことは二度できない、ということを、この時はかなり強く感じていただけたのではないか。

映画などのパッケージ化された媒体を使った映像表現と違い、幻燈写真ライブの醍醐味はまさにこんなところにある、と、つくづく実感した次第。



二日間とも、オープニングアクトということで須藤かよさんにアコーディオンによる弾き語りを一曲演奏していただいたのだが、彼女の持ち歌が幻燈写真上映会にこれほどまでハマるとは、さすがにぼくも想像していなかった。

特に、二日目に歌っていた「めからうろこ」という曲。これはもう、不遜だけど大阪でのこの日のために作られた曲だったのではないかと思われるくらい、素晴らしかった。

それがどんな歌なのかは、ぜひライブハウスで彼女の生歌を聴いてもらいたい。

あ、もちろん、一日目の曲も素晴らしかったんですよ。彼女が以前主催していた「ヤツマターズ」っていうユニットで演奏していた頃から大好きな曲。





ライブがハネた大阪三日目、中崎町観光をしたいというかよちゃんと一旦別れ、首藤さんと二人で某所に移動し、そこでは幻燈に関するとっても面白いお話をうかがった。

映像と音楽ってとっても相性が良いとは思っているのだが、幻燈のような手作り感のある光彩には、なんだかわくわくするような魅力を感じ続けている。だからこそ幻燈写真が大好きなんだけど。

これから先、幻燈というものと末永くお付き合いさせていただくような予感がして、楽しみなのだ。


かよちゃんとはその後なんばで再び合流し、劇団唐組第45回公演「百人町」初演を鑑賞。

その後もいろいろものすごいことがあったりで、大阪での四日間を心の底から堪能した。


そうそう、唐組の打ち上げでお話させていただいた H 氏から、あべのアポロビルの話をうかがうことができたのだった。

前回の大阪ツアーの際に、ぼくが大阪に住んでいたころバイトしていたアポロビル周辺がものすごく変貌している様を見てかなりショックを受けたのだけれど、あべのに詳しい H 氏からこれまでの変遷を教えてもらい、時間が経過していく侘しさを解消することができた。


まさに、「刻(とき)の針に逆らいながら」という、夕坂童子に出てくる一篇の詩のような一時であった。

2010-04-19

今週、再び大阪へ

いよいよ、首藤幹夫幻燈上映・「幻燈版夕坂童子」が今週木曜日、金曜日に迫ってきました。

先日、昼過ぎから 8 時間に及ぶリハーサルに行ってきました。























水曜日の夜、深夜高速バスで東京を離れます。

あの、真っ暗な箱舟にふたたび乗船できるのかと思うと、気持ちはしぜんと昂ります。

2010-04-03

Omotter

以下、TL 風に。

つぶやこうとした場合の信号の流れは、心(思考)-> 頭(言語)-> キーボード(肉体)となる。いろいろ経由するわけだ。



「いま思っている」ことを140字に収めるべく、「文章作成」という作業が発生する。



「文章を作成する」には、言葉の取捨選択が必要になる。ともすれば、つぶやこうと思っていたコト自体が「捨」の対象になることもあろう



たった140文字の中に、そこには少なからず「理性」は存在する



将来、脳で発生した微弱な電気(=思考そのもの)をそのままネットに流せる技術ができたらいい。思ったことが、肉体を経由せずに直接活字化される。



もし、その技術が昨日使えたとしたら、20:20 くらいから 21:30 くらいまでの間、おれは「うぜえなこいつ」「いやなら帰れよ」「殺したいこいつ」「ううがまん・・」「うううううううがまん・・・」「うううううううううういいかげんにしろこのタコ」とつぶやいていた



昨晩は、田中泯さんの独舞を拝見した。



音楽をまったく使わない、ほんとうの「独舞」。これが、物凄く良かった。素晴らしかった。特に後半から徐々に現れた、肉体と影との輪唱のような表現は圧巻。



龍馬伝人気で、いわゆる「ふつーのひと」なお客さんが多かったようだ。



いわんや、おれの隣にはリーサラ風のおっさんとその連れが。



公演が始まり数分後、リーサラは腕時計をちらちら見ながら大きな溜息をつき始めた。溜息は以後、5分間隔で漏れていた。



時計ちら見、および溜息は、結局、終演まで延々続くことになる。



客電がつき、満場の拍手のなか、リーサラは当然のように拍手はしない。



だが、どうやら客席の他の場所でもそのような状況は起こっていたらしい。



泯さんの、終演後の挨拶。「狭っ苦しい席で申し訳ない。そして、これが本当のアンダーグラウンド、です」



打ち上げで、泯さんに「あのような話はよく話されるんですか?」と尋ねると「いや、初めて言った」



馬鹿なことに、つい「おれはあのとき、ざまーみろ、って思ったんですよ」と言ってしまった。それが地雷だった。俺の小心者っぷりが、泯さんの怒りを買ってしまった。安くない買い物だ。



昨晩の泯さんは、どういうわけか「信頼している」という言葉を何度も使われていた。信頼。人を信頼する、とはどういうことなのだろうか。酔っ払った頭にエコーする。



朝の 4時過ぎまで、泯さんを囲んだ酒は続いた。最後の方は、泯さんと常連のお客さんとで Twitter におけるコミュニケーション論で論争が勃発していたが、こっちのテーブルは「言葉不要論」をグダグタになりながら語っていた。ような気がする。



久しぶりに朝まで痛飲してしまい、かなり調子悪い。



表現、言語、酒、仲間、場所、そんな気分だった一日。

2010-03-30

苦悶式 after

週末、あまりの痛さに「座る」という体勢をとることがまったくできず、ずーっとソファに横になっていた。

という訳で、もろもろの作業は一切やれずじまい。

処方してもらった薬はちゃんと飲んでいたのだけれど、ちょびっと酒を飲んでしまったりしたのがまずかった。


とにかく、意を決して月曜の朝から再度、肛門科の門をくぐることにした。


、、嗚呼、、切るの 13年ぶりくらいだなぁ、、、、などと、暫くユーツな気分であったが、ケツのアナの部分がくり抜かれた、まさに痔治療専用のパンツに履き替えさせられた瞬間、腹をくくった。


施術時間、およそ 5分。

当然、麻酔なし。

針のようなものをプツ、と刺された時、ものすごく久しぶりに「ぐえ」という声を心の底から洩らした。


ヤクルト一本分ほどの血膿を搾り取られ、無事に施術は終了。

痛み止めの座薬が施され、しばらく腹ばいの姿勢で休ませてもらう。

うう、なんだかちんちんのあたりが湿っぽい、、と思っていたら、血が垂れていた。


しかしながら、やっぱりこれが一番、てきめんなのだ。

おかげでまったく痛みは無くなってくれた。


夜になっても、まだすこし出血している模様。

今晩は嫁さんから借りた生理用紙ナプキンを装着して寝るのだ。 

なんだか付け心地がいいなぁ、などと感心しつつ、これで夜も安心。


あそうそう、これ食事中の方は読まないでくださいね。

2010-03-29

Rebetika

Youtubeってやっぱり素晴らしい。

以前から、ギリシアの音楽家 Rebetiko(達、だと Rebetika)の奏でる音楽が大好きで、その名も「Rempetiko」というタイトルのギリシアの映画があるのだけれど、このサントラがもうほんと最高なんです。

でも、映画自体はさすがに見たことがなくて、もしかして、と思って Youtube で探したら、やっぱりありました。








このシンガーのおじさん、SMAP の誰かに似てるなぁ、、w










この映像の断片を観てるだけで、もう昇天しそうなくらい素晴らしいではないですか。

しかしながら、いろいろ探したのだけれどいまは DVD 入手できないみたい。

誰か、、、なんとかして、、、、 観たい観たい観たいよぅ。。


Rebetiko、とか Rembetiko、Rempetiko、と表記が様々あるけど、どれも間違いではないみたい。

また、彼らが奏でる音楽それ自体も、Rebetiko、Rempetiko と呼ぶようです。

2010-03-27

苦悶式

「悶」という漢字は面白い。

心を門が囲む。

門に守られた心、か。

だが、いまのおれにとって「門」という一字はお尻の穴、肛門のことにしか思えない。

そんな気分で「門」をじっと見つめていると、字づら的に、この漢字は肛門を表す亀甲文字が進化したかのように思えてくるから、不思議だ。


昨日は、久しぶりに門を叩いた肛門科の先生に、門の奥にある心を弄ばれてしまった。


「苦悶」という言葉にはちょっとヘビーな印象がある。

しかし、「悶える」と書くとなぜだか淫靡に見えてくるのは、宇能鴻一郎を中学生の頃から愛読していた俺だけだろうか。


門の奥の心を、ゴム手袋をはめた先生に弄ばれた際、おれは「苦悶」と(淫靡な)「悶え」のちょうど間くらいの声を、臆面もなく洩らしてしまった。


恥ずかしい。

とても、恥ずかしい。

これしきのことでこれほどまで陵辱されてしまった気分になるということは、おれは同性愛者にはなれないということか。


とりあえず、昨日の診察では、まだ切らないでおこう、となった。

経験上判っているのだが、切ったら切ったでそりゃもう死ぬほど痛い。

だがその後には平常で安静な日々が待っている。


そしていま、いっそのこと、あそこで切ってもらえば良かった、と後悔している。

椅子に、座れない。

愁悶深し。


あそうそう、これ食事中の方は読まないでくださいね。